第134話 増殖!

 不審人物の情報を持って来た騎士は、何度も俺と、俺の姿になったライオネルを見比べるとソファーに座った。どうやらこの状態でも報告することにしたようだ。


「報告します」

「続けてくれ」

「ふ、あ、えっと、ユリウス様がクレール山に頻繁に通っているという情報に、不審人物が引っかかったようです。クレール山に不審な人物を見かけるとの報告が上がってきました」

「かかったか」


 ライオネルはそうつぶやき、深くうなずいている。どうやら俺の知らないところで作戦が進んでいたようである。それもそうか。俺が出歩いている情報を流さないと、不審人物を釣ることができないからね。


「どうして捕まえないの?」

「そうしたいとは思っているのですが、捕まえても証拠がないのですよ。もしそれが他国の重要人物だとしたら、不当拘束で国際問題に発展しかねません」

「我々ができることは現行犯で捕まえて、それを証拠にするしかないのです」


 他国が絡んでいる可能性が高いので慎重になるしかないのか。思った以上に厄介なことになっているようだ。どうやら俺が「頻繁」にクレール山へ出かけているという情報を流したのはそのためのようである。


「不審人物の姿は見たか?」

「はい。領内でよく見かける服装をした、商人の姿をしているそうです。それ以上はまだ分かっていません。相手にバレないように慎重に調査を進めていますので」

「それでいい。引き続き調査を進めてくれ。何人かをクレール山の作業員に紛れ込ませておくように手配しておく」

「了解しました」


 そう言うと騎士は一礼して部屋から出て行った。その顔は最後まで緩んでいた。あの顔はいつも俺に向けてくれる顔だよな。思っている以上に俺の存在は癒やしキャラみたいになっているようだ。

 コホン、と咳をするライオネル。


「いつもはあのような顔はしない男なのですが……」

「分かっているよ。これで女性の騎士がここに来たらどうなることやら」

「あまり考えたくないですな」


 それからさらに時間が経過し、ライオネルが俺の姿になってから一時間ほどが経過したころ、ようやく魔法薬の効果が切れた。ライオネルの体がゆっくりと元に戻ってゆく。時間にして十分ほどだろうか?


 どうやら変身薬を飲んだときはあっという間に姿を変えるが、元に戻るときはゆっくりと戻るようである。これなら変化が現れてから部屋に駆け込むこともできそうだ。


「スプーン一杯で一時間くらい大丈夫なら、囮捜査のときは二杯くらい飲めば大丈夫かな?」

「そうですな。二時間もあれば、クレール山を一回りすることができるでしょう」


 スパイが釣れるまでにどれほど時間がかかるかは分からないが、一日スプーン二杯の消費で考えるなら、三十日くらいは大丈夫そうだ。それだけ時間があれば、きっとスパイも何かしらの行動を起こすだろう。あとは捕まえるだけだな。


「うまく捕まえることができれば良いんだけどね」

「そこは抜かりがないようにしておきますよ」


 中身がライオネルならまず問題はないだろう。あとは子供になったライオネルの戦闘力がどのくらい低下しているかだな。いかにライオネルと言えども、子供になった自分の力は知っておいた方がいいだろう。


「次は子供のライオネルとの訓練だな。あまりたくさんの人に見られると良くないだろうし、どこか良い場所はない?」

「そうですな、今日は天気が良いですし、みんな外で訓練をしていることでしょう。それなら室内訓練場が空いていると思います」

「それじゃ、そこにしよう。俺の服を持って来るから先に準備をしていてくれ」

「ユリウス様の服を使うのですか! それはちょっと……」


 恐縮するライオネルだが、俺は別に構わないんだけどな。俺の姿になったライオネル専用の服を新しく買うよりも、よっぽど経済的だし早く準備ができて良いと思うんだけど。

 そう言って何とかライオネルを納得させた俺は自分の部屋へと戻った。


「あ、ミラ、ちょうど良いところにいるな」

「キュ?」


 部屋に戻る途中でミラを見つけた。どうやらこの時間はロザリアがお稽古事をしている時間のようだ。日当たりの良いサロンのソファーでまどろんでいたミラを回収すると、部屋に戻って二人分の洋服を袋に詰め込んだ。


「ついでにミラでも実験をしておこう。今のミラがどれほどの知能があるのか分かるかも知れない」

「キュ! キュ!」


 バカにされたと思ったのか、ミラがポコポコとたたいてきた。違う、そうじゃないと謝りながら室内訓練場へと向かった。そこではすでにライオネルが準備をしてくれていた。

 木刀の準備だけでなく、着替えをすることができる個室を一部屋確保してくれていた。


「ユリウス様、早かったですな」

「まあね。専用の個室を用意したんだね。ここなら着替えても不審に思われないね」

「そうだと良いのですが……ところでユリウス様、もしかしてミラ様も?」

「そうだよ。ちょっとした実験だよ」


 屋敷で働いている人たちはミラのことを「ミラ様」と呼ぶ。ミラと呼び捨てにしているのは家族だけである。聖竜という存在はそれだけありがたいものであるらしい。俺はあんまり気にしてなかったけど。


「それじゃ、まずはライオネルからだな」

「……分かりました」


 渋々、と言った感じでライオネルがスプーン一杯の変身薬を飲む。先ほど団長としての威厳を失ったことが堪えたのか、とても微妙な顔をしていた。

 変化はすぐに起こり、もう一人の俺が現れた。すぐに服を着替えてもらう。


「キュ! キュキュキュ!」


 驚いたミラがこれまでにない奇妙な雄叫びを上げた。ものすごく驚いているらしい。目が飛び出しそうになっていた。慌ててその目を押さえる。


「大丈夫だよ、ミラ。あれは変身薬と言って、俺の姿になる魔法薬なんだ」

「キュウ」

「さ、次はミラの番だよ」

「キュ!?」


 ものすごい勢いでこちらを振り向くミラ。目はこれでもかと言うほど見開かれている。まさか自分も飲むとは思わなかったようだ。

 体格によって効果時間が変わることを見越して、スプーンの三分の一ほどの量をミラに飲ませる。みるみるうちにミラも俺の姿になった。


「キュ!」


 自分の手足を見て声を発するミラ。俺の声なのですごく複雑な感じがする。俺の声で「キュ」って言われても……。


「ほら、ミラ、何かしゃべってごらん」

「キュ」

「そうじゃなくてさ、俺と同じようにしゃべるんだよ」

「しゃべる」

「おおお!」

「おおお?」


 ミラが、ミラがしゃべったぞ! 実験は成功だ。これでミラと意思疎通ができるようになったぞー! 全裸の自分を抱きしめたが、正直微妙だった。俺はショタコンではなさそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る