第128話 婚約者の話
キャロとこれまでにあった出来事について話した。こちらからの話題は例の「ハゲ山事件」についてと、その後についてだ。キャロの方はクロエと一緒にひたすらお稽古事をしていただけのようであり、俺の話を楽しそうに聞いていた。
「それではクレール山はユリウスが管理することになったのですね」
「そうだよ。ちょうどミラの遊び場にできそうだし、結果として良かったかな」
「キュ!」
クレール山の名前が出たことに反応するミラ。どうもこれから行くと勘違いしたのか、両手を上げて喜んでいた。違うと分かったとき、しょんぼりするんだろうな。どうしよう。
俺が頭を悩ませていると、キャロがコップを置きながら小さく息をはいた。
「ユリウス、クロエ様に婚約者のお話が出ておりますわ」
「そうなんだね。早いような気もするけど、王族だし色々と思惑があるんだろうね」
「あまり驚かないのですね」
俺の返事にちょっと目を大きくしたキャロ。アレックスお兄様とダニエラ様が結婚することになりそうだしね。俺とクロエが結ばれる可能性はないな。それに王族とつながりが深くなりすぎるのはちょっとどうかと思う。
「これはまだ内緒なんだけど、俺の兄とダニエラ様が婚約するみたいなんだよ」
「え!?」
「だからさ、ウチと王家とのつながりはもう十分なんだよね」
俺の言葉を聞いて色々と納得したのか、キャロの動きが止まった。キャロにとっては驚きの話だったのかな? もしかして、キャロの姉のヒルダ嬢とアレックスお兄様の関係が破綻していることは知らなかったのかな。
「そうだったのですね。知りませんでした。お姉様は何も言わなかったもの」
「それはそうかもね。縁がなかったなんて、妹に報告しないだろうしね。俺も直接アレックスお兄様からそういう話を聞いたわけじゃないからね」
お互いの間に沈黙が横たわった。この話題はこれ以上続けない方が良いだろう。クロエの婚約者候補としてはやはり隣国のルンドアル王国かな? ラザール帝国とのことを考えると、ルンドアル王国との関係は深くしておきたいだろうしね。政略結婚としては一番良い方法だろう。
「クロエ様はそのお話を嫌がっておりましたわ。でもどうすることもできないみたいで悩んでいる様子でした」
そうなのか。手紙にはそんなこと一切書いていなかったけどな。さすがにクロエはアレックスお兄様とダニエラ様が婚約することは知っているはずだから、今、自分が置かれている立場についても理解しているだろう。たぶん。いくら十歳児でも王族だからね。それ相応の教育は受けているはずである。
「王家の政治的な問題ですからね。周りがどうすることもできませんよ。王族の結婚となれば、どうしても政治の色が濃くなりますからね」
そんな話をしながら、子供にこんな話をしてどうするんだと内心思っていた。キャロは侯爵家の娘だし、その辺の子供よりも勉強をしているだろうが、さすがにどうなんだ。
チラリとキャロを見ると、小さくうなずいていた。その顔は納得できないけど、納得しようとしている顔だった。どうやら話は通じているようである。賢いな。
「ユリウスには婚約者候補がいるのですか?」
「えっと、居るような、居ないような……」
「いるのですか!?」
グワッとキャロが食いついてきた。とても驚いたみたいだ。お父様からは何も言われてはいないが、今のところ、ファビエンヌ嬢の実家であるアンベール男爵家が狙い目なんだよね。魔法薬にも寛容だし、ファビエンヌ嬢はかわいくて、魔法薬に理解があるし、何より一緒に居ても疲れない。これ、大事。
なのでキャロに変な期待を与えないためにも、今のうちから牽制しておいた方が良いと思うんだよね。あとでこじれるよりかはずっと良い。その点で言えば、クロエの今回の婚約者候補が現れたと言う話は、個人的にはありがたい話だった。
クロエが無理やり俺と結婚するとか言い出したら、新しい公爵家が生まれかねない。そうなると、スペンサー王国内の貴族が騒ぎかねない。
「ええ、正式にではないですが、水面下で動いているような節はありますね」
「そ、そうなのですね」
キャロの顔が引きつっている。どうやら予想外の言葉だったようである。
まあ、水面下で動いているのは俺だけなんですけどね。頑張ってお父様にも波及させないといけないな。
これはお父様としても、ハイネ辺境伯家としても悪くない話だ。アンベール男爵家はハイネ辺境伯領内に住んでいる。そこに俺が移るだけだ。ハイネ辺境伯家には新しいつながりができるだけで、デメリットはない。
もしキャロと結婚することになれば、やっぱり新しい家を興すことになるのかな? そんなことになれば、他の貴族から批判が出るのは間違いない。恐らくはハイネ辺境伯家の下に入るだろうから、「これ以上、ハイネ辺境伯家に力をつけさせてなるものか」と声が上がるのは間違いないな。すでに競馬で注目され、さらにはアレックスお兄様とダニエラ様の結婚まであるのだ。これはまずい。
それじゃミュラン侯爵家の下に入ればどうなるか。……うん、まずお父様が許さないだろうな。ミュラン侯爵領とハイネ辺境伯領は遠い。これまでのように、魔法薬も魔道具も融通することができない。
さらには新たに開発した魔法薬と魔道具の収益の大部分はミュラン侯爵領の収入源となり、ハイネ辺境伯領はおこぼれをもらう形になるのだ。これは無理だ。
その後はギクシャクとしだしたキャロととりとめがない話をして小さなお茶会は終了した。キャロにとっては衝撃的なお茶会になってしまったかも知れないが、現状を知る良い機会になったのではないだろうか。
俺としては関係がこじれてからではなくて、ずっと良かったと思っている。
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