第127話 挨拶回り

 開会の宣言も終わり、競馬開催を告げる音と光の魔法が空に打ち上がった。毎年やっているし、日頃から自主練をしているみたいだし、魔導師団の腕前もずいぶんと良くなっているようだ。タイミングを合わせた光と音が青い空を彩った。


「まずは問題なしだな」

「ユリウス様、素晴らしい開会の宣言でしたよ」

「ありがとう、ジャイル」


 ジャイルとクリストファーが近くに寄ってくる。使える人材が少ない今、二人は貴重な護衛である。俺は二人を連れて、さっそく挨拶回りを始めた。お母様と合流すると、お母様があらかじめ調べておいてくれた「訪問者一覧」に従って、現在、領地に来ている貴族を探す。


「奥様、あちらです」

「ありがとう」


 お母様が連れている使用人の中でも特に背の高い人が、挨拶する相手を探してくれる。子供の俺は背が低いためもちろん見えないし、お母様も長身というわけではない。そのため、彼女のように周囲を見渡せる人材はとてもありがたい存在だった。


 そうやって、しばらくの間挨拶回りを行った。初日が一番人が多く、重要人物も大勢来ている。今日を乗り越えれば明日からはグッと楽になるはずだ。そう考えながら、頑張って与えられた任務を遂行する。


「ユリウス、ずいぶんと疲れた顔をしているわね。あなたももっと挨拶回りをするのに慣れるべきだわ。そうだわ、今年の社交界シーズンは一緒に王都に行きましょう」

「その必要はないかと……」


 まずい、何もすることがない王都に何か行きたくない。しかも社交界に行くためだけに王都に行くなんて、絶対に嫌だ。


「そのうち必要になるわよ。行くのが嫌なら、もっとお茶会を増やすべきね。そうしましょう」


 お母様が首を縦に振っている。どうやらお母様の中で何かが決定したようである。さすがハイネ辺境伯夫人。見た目がおっとりとしていても、中身は強いようである。

 王都に行くよりかははるかにマシなのでこれ以上何も言わないことにする。


 昼食を挟み、さらに挨拶回りをしていると、ミュラン侯爵家の人たちを見つけた。もちろんすぐに挨拶に向かう。


「ミュラン侯爵、お久しぶりですわ。今年も来ていただき、大変うれしく思います」

「やあ、ハイネ辺境伯夫人。また会えてうれしいよ。……ハイネ辺境伯はどうされたのかな?」

「お忙しいようですので、本日は私とユリウスで挨拶をさせていただいておりますわ」


 ニッコリとお母様が笑う。その笑顔に何かを察したのか、ミュラン侯爵はそれ以上何も言わなかった。ミュラン侯爵の影からキャロが出てきた。


「ユリウス様! お会いしたかったですわ」

「これはキャロリーナ嬢。お久しぶりです。お元気そうで何よりです」

「王城で会って以来ですわね。クロエ様も会いたがっておりましたわ」


 クロエの姿が見えないのは当然のことだろう。国王陛下の暗殺未遂があったばかりだ。それなのに王族が軽々しく王城の外に出るわけにはいかない。


 少なくとも万能薬の数がそろうまでは外出できないだろうな。堅苦しい思いをしているかも知れないが、当然の処置だと思う。もしかして、俺が王城に顔を見せに行かないといけないパターンかな? でも王都まではそれなりに距離があるし、そう簡単には行くことができない。今のところは手紙で我慢してもらうしかないかな。


「クロエ様もお忙しいようですね。とても残念です。代わりと言うわけではありませんが、キャロリーナ嬢は楽しんで行って下さいね」

「そうさせていただきますわ」


 その後、ミュラン侯爵夫人とも挨拶を交わし、挨拶回りを再開した。キャロの姉のヒルダ嬢は来ていなかった。どうやらヒルダ嬢も卒業試験に向けて励んでいるようだ。

 挨拶回りは見回りもかねている。今のところは何の問題もなかった。どうやら初日は問題なさそうである。知り合いの冒険者に挨拶をしながらその日は終わった。




 それから何事もなく数日が経過した。

 挨拶回りも終わり、時間にも余裕ができたころ、キャロから「ハイネ辺境伯家を訪ねたい」との連絡があった。きっとミラに会いに来るつもりなのだろう。

 特に断る理由もなかったのでキャロを招くことにした。使用人たちに準備を任せ、散歩もできずに暇そうにしていたミラを捕まえる。


「キュ」

「ごめんって。今は人がたくさんいる時期だからさ。今外に出れば大変な騒ぎになるよ。だからもう少しだけ我慢してよ」


 ミラを外に連れ出して、それがだれかの目に触れれば大変な騒ぎになること間違いなしだ。ただでさえ一部の界隈ではウワサになっているみたいだし。

 辺境伯で飼われているから、妙なことを思い立つバカな貴族は今のところいないが、今後もそうとは限らない。今は大人しくしておくべきだろう。

 準備を整えていると、キャロが到着したとの連絡を受けた。すぐに玄関に迎えに行く。


「ようこそ、キャロリーナ嬢」

「本日はお招きいただき、ありがとうございます」

「キュ!」

「ミラちゃん! 大きくなったわね」


 え? 大きくなった? 全然気がつかなったんだけど、キャロにはミラが大きくなったように見えるのかな? 頭に疑問符を浮かべながらサロンへと連れて行った。すでにお茶の準備は整っている。


 テーブル席へと案内しキャロを座らせる。その膝の上にミラを乗せると、対面の席に座った。すぐに使用人がお茶を持って来てくれた。キャロは確かめるようにミラの毛並みをなでていた。


「やっぱり本物は違いますわね。あ、ユリウス様が作って下さったぬいぐるみに不満があるわけではありませんわよ? あれはあれで良いものですわ。ユリウス様を模した人形も……」

「そ、そうですか」


 何だか分からないけど、ゾクッとした。キャロは俺の人形で一体何をしているのか。子供の遊びだよね? おままごととか。変な使い方をされていたら、バレたときにミュラン侯爵に怒られそうだ。


「クロエ様もこちらへ来たがっていたのですが、どうしても出かけることができないようでしたわ。何かあったのでしょうか? 心配ですわ」

「そうだったのですね。私も心配ですね」


 どうやらクロエはキャロにも言っていないようである。王家もそれだけ神経をとがらせているというわけか。せめて隣国のルンドアル王国が敵か味方かさえ分かればなぁ。そうなれば、こちらはこちらの大陸で一つにまとまることができるのに。

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