第126話 慌ただしくなる

 すぐに帰って来た俺をロザリアとミラは大喜びで迎えてくれた。

 さいわいなことに、ロザリアは何も気がついていないようである。家に帰った当日はベッタリとひっついていた。それでも、念には念を。俺はロザリアに不審に思われないようにご機嫌を取った。


 翌日から、お父様は執務室にこもることが多くなった。ライオネルも一緒だ。騎士団の宿舎に様子を見に行くと、慌ただしく騎士たちがどこかへと出発していた。

 国境の警備に行くのは間違いないだろう。騎士たちにどれだけの情報が伝わっているのか分からないが、神経も体力も使うことになるだろう。


 初級体力回復薬の在庫を増やしておいた方が良さそうだ。それに追加の回復薬も作っておこう。すぐに悪くなるものでもないからね。何かあってからでは遅い。万が一を想定して動かなければ。


 もうすぐ競馬の季節である。こればかりは中止するわけにはいかない。中止すれば「何かあったのではないか」と周囲の貴族たちが疑問を持つことだろう。下手に隣国を刺激しないためにも、通常通りに競馬を行わなければならない。

 そんな折、俺は執務室に呼ばれた。


「ユリウス、今年の競馬の開催はお前に任せることにする」

「え、私ですか!?」

「もちろん補佐をつける。それにやることと言えば、ハイネ辺境伯家の顔として、アメリアと一緒に挨拶をするのがほとんどだ」


 俺よりもアレックスお兄様を呼び戻した方が良いと思うんだけど……。そんな話をしてみると、どうやら学園の最終学年では夏休み明けに卒業試験が行われるらしい。そのため勉強に忙しくて、今年の夏は帰って来ないそうである。

 あ、でも、カインお兄様もいるぞ?


「カインお兄様もいますけど?」

「もちろんカインにも手伝ってもらう。だが、カインでは何かあったときに対処できない可能性がある。その点、慣れているユリウスなら問題ないだろう?」

「まあ、そうですけど」


 競馬を発案したのは俺だし、競馬が開催されるようになってからも、お父様を手伝っているのも確かではある。それにしても、カインお兄様の評価、低くない? 何だかそのうちカインお兄様から後ろからバッサリやられそうな気がするんだけど。


 そんなわけで、競馬開催における旗振り役に任命された俺は、魔法薬を作る時間を削って準備に入った。お母様も手伝ってくれるので、思ったよりも大変じゃないような気がする。


「ユリウス、今年はミラちゃんがいるから、例年よりも来る人がもっと人が多いかも知れないわ」

「ああ、そうかも知れませんね。やはりアレックスお兄様を呼んだ方が良いのでは?」

「ダメよ。卒業試験で良い成績を残さないと王女殿下の婚約者として後ろ指を指されることになるわ」


 おおう。どうやら本決まりになっているようである。それなら仕方ないね。いるメンバーでやるしかない。

 人が多くなるなら警備を強化しなければいけないのだが、今年は国境の警備に人数をかなり取られている。これは冒険者ギルドから人材を回してもらった方がいいな。


「お母様、警備の人数が足りません。冒険者ギルドから人を集めようと思います」

「大丈夫なの?」

「ギルドマスターに推薦してもらいます。ギルドマスターのお墨付きの冒険者なら大丈夫でしょう。その辺りはギルドマスターも分かっているはずです」

「そうなのね。それならユリウスに任せるわ」


 転ばぬ先の杖だな。冒険者ギルドと仲良くなっていて良かった。俺はすぐに冒険者ギルドに手紙を書いた。

 頼んでいた素材についてだが、実はまだ一つも達成されていない。どうやら思った以上に難易度が高い素材だったようである。


 確かにゲーム内でもそれなりに集めるのが大変だったが、ここまでとは思っていなかった。そうなると、方針を変えた方が良いかも知れないな。冒険者を雇って、直接俺が素材を集めに行く。


 ゲーム内の知識を生かせば、魔物や素材がどの辺りにあるのか大体分かるはずだ。それを冒険者に教えても良いけど……どうしてそんなことを知っているんだと突っ込まれると非常に困る。それなら俺が直接行った方がいい。


 競馬シーズンが終わり、社交界シーズンが始まったら冒険の旅に出てみるのも良いかも知れない。両親は許してくれないだろうな。それなら内緒で……やっぱり難しそうかな。

 そんなことを考えながらも月日は過ぎ、ハイネ辺境伯領で競馬が解禁される日がやって来た。


 この日を待ち望んでいた人は多い。領都の広場には俺の開催宣言を待つ人であふれていた。どうやらこの国の人ばかりではなく、他国からも来ているようである。この国では見慣れない服装をした人物の姿がチラホラと見えていた。


 ハッキリとは分からないが、隣国のルンドアル王国からも人が来ているような気がする。それだけではない。たぶん、隣の大陸からも来ているだろう。その中にはラザール帝国から来た人も含まれているはずだ。油断は禁物だな。ああ、胃が痛くなってきた。


 広場の中央に設置されたお立ち台の上に立つと、シンと辺りが静まった。先ほどまでの騒がしさがウソのようである。若干嫌な汗をかき始めたところで、声を拡散させる魔道具の前に立つ。


「ハイネ辺境伯の三男、ユリウス・ハイネです。今年も競馬を開催することが出来たこと大変うれしく思います。ここに競馬の開催を宣言します」


 カンペ通りに宣言すると、ワア! と歓声が上がった。みんなの顔はとてもうれしそうである。それに手を振って応えながら、何事も無く競馬シーズンが終わればいいなと思っていた。

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