第125話 領都へ帰る
夕食の席にアレックスお兄様がついた。これでタウンハウスにいる家族全員がそろった。カインお兄様は学園寮にいるので、今頃友達と食堂で夕食を食べていることだろう。
父親が近くまで来ているのに挨拶に来ないのはどうかと思うが、それだけ学園が楽しいのだろう。それにアレックスお兄様がタウンハウスに戻っているので、それで十分だと思っているのかも知れない。
「アレックス、カインはしっかりとやっているのか?」
「今のところ、何か問題があったという話は聞いていませんね。ああ、そうだ。剣術クラブに入って、一年生ながら注目を集めているみたいですよ。学年で一番強いと言うウワサを耳にしたことがあります。本人は『そんなことない』って言ってましたけどね。友人も多いみたいですし、楽しそうにしている姿を良く見かけますよ」
「そうか。……学問の方はどうだ?」
どうやらお父様の心配はそちらのようである。カインお兄様は脳筋オーラを醸し出していたからね。心配なのだろう。俺も少し心配である。
少し顔をそらすアレックスお兄様。
「今のところ、テストで落第点は取っていないみたいですが……ギリギリみたいですね。勉強を教えてくれる友人がいるようなので、大丈夫だと思いますけどね」
「その友人は女性か?」
「え? ええ、そうですけど、良く分かりましたね」
フウ、とため息をつくお父様。目は閉じているがどこか納得したような顔をしている。もしかしてカインお兄様、女性に弱いのかな?
「それなら良い。カインにそのうち紹介するように言っておいてくれ」
「父上が直接言わないのですか?」
「ああ、すぐに領地に戻ることになる。会う機会はないだろう」
「そうですか……」
アレックスお兄様はそれ以上何も言わなかった。だがすぐに領地に帰ると言いだしたお父様を見て、何かあったことを察したようである。気にするように俺の方をチラチラと見ている。
いや、俺が何かやらかしたわけじゃないからね? 何だか俺が犯人にされてそうで怖い。
たぶんお父様は、隣国のルンドアル王国と接している国境が気になるのだろう。国境の警備の強化と、情報収集、近隣領地との協力体制の強化を急ぎたいはずだ。
冬の間は雪に閉ざされるため、戦いを仕掛けて来る可能性は低い。だがしかし、今は初夏である。油断はできない。「スペンサー王国の国王に何かあれば、スペンサー王国に攻め込む」という手はずになっているのなら、戦いの準備をしているはずだ。
「ユリウスはどうする? お前まで一緒に帰る必要はないぞ」
「私も一緒に帰ります。ここにいてもすることがないですからね」
「ユリウスは正直だね。学園の見学くらいなら手配できるよ?」
「その必要はありません。私は領都の学園に行きますから」
俺がキッパリと言い切ると、お父様とアレックスお兄様の目が大きく見開かれた。何その「予想外です」みたいな目。俺は一度も王都の学園に行きたいなんて言ったことはないぞ。どちらかと言えば行きたくない。
「え、そうなのかい? てっきりユリウスも王都の学園に入学するものだと思っていたよ。王都の方が物をそろえるのに適しているからね。それに新しい魔道具や最先端の情報もすぐに手に入るよ?」
「そうか、ユリウスは領都の学園に入るつもりか……」
考え込むお父様。もしかして意外だったのだろうか? アレックスお兄様が言うことはもっともだと思うけど、どれもあまり魅力がないんだよね。
必要な素材なら、お店で買うよりも、冒険者に頼んだ方がよっぽど質の良いものが手に入るだろうし、知識チートを持っている俺にとっては、最先端の情報もそれほど必要ない。
たぶん、俺の頭の中にある情報の方がよっぽど最先端だと思う。使っていない知識はたくさんある。乗り物だったり、飛行船だったり。そんなわけで、王都の学園に通うメリットはほぼないのだ。
デメリットがあるとすれば、高位貴族とのつながりが薄くなることだろうか。でもそれは、俺にとってはそれほど重要ではない。
「はい。領都の学園に入ります。お婆様が設立した学校に行くのは、魔法薬師を目指す人にとっては当然です。魔法薬の授業はトップクラスですからね」
「確かにそうだが……そうか、分かった」
お父様が深々とうなずいている。どうしたんだろう? 何だか険しい顔をしているような気がする。もしかして、国王陛下に「ユリウスを王都の学園に入れるように」とか言われているのかな?
疑問を浮かべたまま夕食は終わった。お父様は明日にでも領都に向けて出発できるように手はずを整えているみたいだったので、部屋に戻ると帰る準備を整えた。とは言っても、ほとんどすることはない。服や本、もらった勲章を鞄に詰め込むだけである。
そう言えば王都で買い物をしなかったな。まあいいか。別に欲しい物もないしね。そうやって準備をしていると、使用人から、明日の朝、出発することが告げられた。
翌朝、朝食を食べるとすぐにタウンハウスを出発した。アレックスお兄様が学園に向かうよりも早い。
「道中、気をつけて下さいね」
「アレックスも体に気をつけるように。カインにも言っておいてくれ」
「アレックスお兄様、お世話になりました」
それぞれ短い挨拶をすると、すぐに馬車は出発した。まだ人気が少ない王都をハイネ辺境伯家の馬車が進んで行く。
ハイネ辺境伯家で使っている馬はとても優秀だ。競馬を開催するようになってからはさらに質が上がっている。そのため、朝一番で出発すれば、二つ先の町までたどり着くことができる。
そんなわけで、俺たちが乗った馬車は通常よりも早い日程で領都に戻ることができた。
短期間で帰って来た俺たちをお母様が驚きを持って迎えてくれたが、俺が名誉魔法薬師勲章をもらったことを告げるととても喜んでくれた。
お父様は信頼できる数人の部下とお母様に、王都での出来事を話した。もちろん、俺が万能薬を作っていたことについてもだ。
隣国のルンドアル王国が戦いを仕掛けて来るかも知れないという情報は、お父様に相当な危機感を与えたようである。これまでのように、俺のことを秘密にすることはできないと判断したようだ。
それを聞いたお母様は真っ青になっていたが、気を失うことはなかった。俺が思っている以上にお母様はしっかりとしているようである。
さすがにこの話はロザリアにはしないことにした。ロザリアにはまだ早すぎるだろう。そしてそのまま作戦会議に入ったのだが……なぜか俺もそこに混じることになった。
あの、俺もまだ子供なんですけど。
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