第124話 クロエとキャロに挨拶する

 国王陛下との極秘の謁見は終わった。お父様と共に機密の部屋をあとにする。扉の前で待っていた騎士たちが王城の中にある一つのサロンに連れて行ってくれた。どうやらここでちょっと一息つくことができそうだ。


 サロンの中にはいくつもの真っ白なテーブル席があった。何人かの貴族がそのテーブルを囲んで話をしている。どうやらこのサロンは待合室を兼ねているようだった。

 天井には青い空に白い雲、その合間を小鳥が飛び交っている絵が描かれている。


 壁際には飴色のチェストがあり、その上には東洋から運ばれてきたと思われる赤や白の壺が置かれている。雄大な自然を描いた絵画が壁に飾られており、まるで異世界につながる窓のようになっていた。


 サロンにいた使用人が食べ物と飲み物を持って来てくれた。しかし俺もお父様も手を出さなかった。

 さっきまで毒殺事件の話をしていたので、ちょっと食べ物を口にする気にはならないな。どうやらお父様も同じ気持ちのようである。ですよね。


「ユリウス、これからどうする?」

「どう、とは? タウンハウスに戻るのではないですか?」


 うーん、と腕を組むお父様。他にお城ですることはないと思うのだが。ついでに言えば、もう王都ですることもない。正直なところ、早く領地に帰りたい。


「クロエ様に会わなくても良いのか?」

「あ……」


 どうしよう。会っても良いのかな? アレックスお兄様とダニエラ様が懇ろな関係になっているみたいだし、俺までクロエ様と懇ろな関係になる必要はないと思う。キャロとならまだ可能性が……いや、ないな。ミュラン侯爵家と関係を結んだとしても、双方にあまりメリットがない。ヒルダ嬢と結ばれなかったのはその辺りがあったのではなかろうか。


 俺はハイネ辺境伯家を継ぐことができないし、そうなればキャロが俺と結婚しても意味がない。ミュラン侯爵家にはすでに成人した嫡男がいるし、婿養子は必要ない。ないないづくしだな。


「そうですね、挨拶くらいはしておこうかと思います」


 うん、そうしよう。ここでの悪手は関係を損なうことだ。イイ感じに友達関係を続けておくのが一番だな。

 そんなわけで、俺はお父様と一緒にクロエのところへと向かった。どうやら現在、お稽古事の真っ最中のようである。そのため近くのサロンで待っていると、クロエたちがやって来た。

 クロエとキャロの他にも何人かのご令嬢がいた。きっと彼女たちがクロエの側近候補なのだろう。


「ご機嫌よう、ユリウス様。また会えてうれしいですわ」

「ご機嫌よう、クロエ様。私もですよ。今回は色々とご配慮いただき、ありがとうございます」


 深々と頭を下げる。何のことか分からない側近たちは首をかしげていたが、クロエには通じたみたいである。


「気にしないで下さいませ。お礼の必要はありませんわ」


 クロエの目が潤んでいる。本当はこの場で頭を下げてお礼を言いたいのだろう。クロエと会ったのが公共の場で良かった。これがクロエの部屋だったりしたら、泣き付かれていたかも知れない。


「キャロリーナ嬢もお元気そうで何よりです」

「ユリウス様もお元気そうですわね」


 一瞬だけ曇り空のような顔になったキャロが再び日が差すような笑顔をこちらに向けた。どうやら俺とクロエの間に何か不信感を抱いたようである。鋭い。女性は怖いな。

 その他、周りのお付きのご令嬢たちは不審そうな目でこちらを見ていた。どうやら俺のことを何も聞いていないようである。


 ありがたいと言えばありがたいのかな? 妙な騒ぎにならなくて良かった。

 挨拶だけで済ませるだけのつもりだったので、その場ですぐに別れることになった。次のお稽古事があるらしい。お姫様も大変だな。

 一緒にキャロに挨拶することができたし、ちょうど良かったと思う。


「お父様、挨拶も終わりましたし、帰りましょう」

「そうだな。そうするとしよう。帰ったらアレックスにも食べるものには気をつけるように十分に言っておこう」


 俺たちは正門に向かい、そこで待っていたハイネ辺境伯家の馬車に乗り込んだ。




 無事にタウンハウスまで戻って来た。自分の部屋に戻ると思わず大きなため息が出てしまった。王都ですることはこれでなくなったな。それにしても勲章がもらえるとは思わなかった。これがあればだれにもはばかられることなく魔法薬を作ることができるのか。

 ポケットから勲章を取りだして見つめる。お婆様も持っていたのかな?


 これは当分の間、しまっておくことにしよう。俺がこの勲章を持っていることが知れ渡れば、俺がお婆様の後継者であることがバレてしまう。その結果、何が起こるか予想がつかない。下手すれば家族に被害を与えてしまうかも知れない。


 せっかくもらったのに、結局効果を発揮するのは俺が学園を卒業して、一人の成人として独り立ちしてからになるのか。そう考えると、もらってもあまりメリットがなかったな。

 夕食の時間が近くなり、使用人に呼ばれて食堂へと移動した。そこにはすでにお父様の姿があった。


「そう言えば、ユリウスには話していなかったな。お前がもらった名誉魔法薬師勲章は持っているだけで毎年金貨十枚がもらえるようになっているのだよ」

「知りませんでした。何も貢献していないのにお金をもらうだなんて、何だか申し訳ないですね」

「何を言うか。本来なら金貨千枚をもらっていてもおかしくないのだぞ? だが、それだけの大金が動けば、周囲に何かあったと気づかれるだろう。苦肉の策だな」


 金貨千枚……それだけの大金があれば一生働かなくても生きていけそうだ。それを毎年金貨十枚にしたのは、そのお金で魔法薬を作って欲しいってことなのかな? まあ、そのつもりだからいいけどね。


 金貨十枚か。それだけあれば、レアな素材もそれなりに集めることができるだろう。出来上がった希少な魔法薬を売れば何倍もお金を稼ぐこともできるぞ。今のところ、そんなことをする気はないけどね。


 レアな魔法薬を売って、どこかのだれかに目をつけられたら困る。これまで通り、みんなに使ってもらえる魔法薬を作っていくつもりである。

 念のため、希少な魔法薬もいくつか作っておくけどね。まずは万能薬を追加でいくつか作っておこう。すでに俺が万能薬を作れることは知られているし、追加で作っても問題ないだろう。

 完全回復薬とかは……まだやめておこう。これを作ったら本当に神とか言われかねない。

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