第122話 機密の部屋
王城の入り口にたどり着いた。何度見ても圧倒される門である。城門を見上げている間にお父様が入場の手続きを済ませてくれたようであり、それほど間をおかずに門を通ることができた。
よく見ると、周囲には手続きに時間がかかっているのか、何台もの馬車が立ち往生していた。それもそうか。つい先日、国王陛下が毒殺されそうになったばかりだもんね。極秘事項になっているのでこのことを知っている人はわずかだろう。しかし、警備は厳重になっているはずだ。チェック体制が厳しくなっているのだろう。
馬車はそのまま城内の奥まで進み、高位貴族のみが使うことができる停車場で止まった。馬車のカーテンの隙間から見える景色には他の馬車は見えない。馬車から降りると、どこからともなく迎えがやって来た。
「ハイネ辺境伯様、こちらへどうぞ」
無言でうなずくお父様。俺もその後ろを無言でついて行った。案内された応接室は初めて来る場所だった。装飾は少なく、機能重視のようである。部屋には窓がなく、いくつかの魔道具が設置されているのが見える。もしかしてあれは防音の魔道具ではないだろうか。部屋の四隅に同じものが設置されていた。
部屋の中には丸いテーブルが一つ。十人ほどが座れるサイズのテーブルだ。用意されているイスは四つ。俺たち親子と国王陛下。あと一人はだれが来るのだろうか。
「ユリウスはこの部屋は始めてだろう? この部屋は外に漏れたくない話をするときに使われる部屋だ。防音の魔道具が設置されているんだよ」
「やはりそうでしたか。ではあれが防音の魔道具なんですね」
「気がついていたか。さすがだな」
口元を緩めるお父様。もしかして試されちゃった感じですか? この部屋に着くまでにだれともすれ違わなかったところを見ると、そうなるように移動したのだろう。お城は迷路みたいになっているからね。
しばらくすると国王陛下と宰相がやって来た。なるほど、残りの一つの席は宰相の席だったか。確か国王陛下の幼なじみで親友だと言う話だったな。
二人が席に座ったところで国王陛下が口を開いた。
「待たせたな。なるべく不信感を持たれないように移動するのに手間取った」
「いえ、そのようなことはありません」
「そうか。知っていると思うが、この部屋で話したことは外には一切漏れない。だから安心して話をしてもらってもいいぞ」
明るさと重々しさが混じった声を発した。聞きたいことはたくさんあるようだ。俺は国王陛下の言葉を静かに待った。
「まずはお礼を言わねばなるまい。ユリウスが準備してくれていた万能薬のお陰で一命を取り留めることができた。あとで褒美を与えることにする」
「当然のことをしたまでです。礼など不要です」
定型通りに言葉を返す。それを聞いたお父様と宰相がウンウンとうなずいている。どうやら及第点はもらえたらしい。何だかだんだんと胃が痛くなってきたぞ。
「そうはいかん。あとで受け取ってもらうぞ。いいな、宰相」
「はい。当然の報酬だと思います。ところで、どうやって万能薬を持ち込んだのですか?」
おっと、どうやらクロエは俺が万能薬を作ったことは言ったようだが、『亜空間』スキルについては黙っていてくれたようである。どんなスキルなのか説明しろって言われたら大変なところだった。
「クロエ様に差し上げたぬいぐるみの中に入れて置いたのですよ」
「なるほど、ぬいぐるみの中に……」
鼻の上のシワを深くして考え込んでいる。たぶん今後はぬいぐるみの中も調べられるようになるんだろうな。ぬいぐるみの中に盗聴器とか仕掛けておかなくて良かった。もしそんなことをしていたら地下牢行き待ったなしだな。
「まさかマーガレットが万能薬の作り方を教えていたとはな。さすがにそれを持ち歩いてはいなかったようだが、貴重な魔法薬なのだろう?」
「ええ、そうですね。運良く貴重な素材を入れていた箱の中に必要な素材がありましたが、一本しか作れませんでした」
何本か作れる量があれば安心できたのに。だがあれだけレアな素材だ。一本分あっただけでも運が良かったのかも知れない。そのお陰で国王陛下の命を救うことができたしね。
あごに手を当てて考えていた国王陛下がお父様の方を見た。
「マクシミリアン、マーガレットが持っていたとされる魔法薬の本はすでにユリウスに継承されているのではないか?」
「……ええ、その通りです。母上から直接、私に手渡されました。これをユリウスに渡してくれと」
お父様がしぶしぶ答えた。この部屋は機密性が高い。それに国王陛下の問いにウソをつくわけにもいかなかったのだろう。お父様としてはまだそのことを内緒にしておきたかったようである。
「やはりそうか。心配はいらん。このことはここだけの秘密にしておく。宰相も良いな?」
「はい。もちろんです」
俺とお父様はそろって頭を下げた。これでしばらくの間は大きな騒ぎになることはなくなったかな? 俺が本を持っているとなると、それを狙ってくる輩がいるだろうからね。何せこの本があれば、高位魔法薬師であるお婆様のお墨付きが得られるのだから。
今現在、魔法薬ギルドで権力争いをしている人たちからすれば、欲しくてたまらない逸品だろう。
「国王陛下にお渡ししたいものがあるのですが」
「何かな?」
俺は一枚の紙を使用人に渡した。使用人がそれを確認すると国王陛下に手渡した。中身を見た国王陛下の目が大きく見開かれた。
「これは……万能薬の作り方か? 良いのか、こんな貴重なものをもらっても」
「構いません。素材がどれも貴重で、私の力では次の万能薬が完成するのがいつになるか分かりません。それならば、王家の魔法薬師に作ってもらった方が良いと考えました」
「ふうむ」
そう言って国王陛下が考え込んだ。隣に座っている宰相もまさか万能薬の作り方を渡されるとは思っていなかったらしく、口が開きっぱなしになっていた。
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