第121話 アレックスお兄様の事情

 すぐに準備を整えた俺たちは王都へと旅立った。お母様とロザリアには国王陛下からの呼び出しがあったとしか言っていない。どうやらお父様は万能薬のことはなるべく秘密にしておきたいみたいである。


 お母様はかなり不審に思っていたようだが、その場の空気を察して何も言わなかったし、ロザリアに何も言わせなかった。

 ミラはロザリアに預けておいた。さすがにミラまで連れて行くとなると、ロザリアまでついて来かねない。


 王都までの道中は特に何もなかった。すんなりと王都のタウンハウスに到着すると、お父様がすぐに国王陛下との面会の手続きを行った。あとは国王陛下からの返事待ちである。

 国王陛下は忙しいはずだ。気長に待つとしよう。王都に居ることをクロエに知らせておくべきかな? それにキャロも王都に来ているのだろうか? その辺が分からないな。


 タウンハウスで過ごしていると、普段は学園の寮に住んでいるはずのアレックスお兄様が帰って来た。おそらくは国王陛下からダニエラ様に話が行き、そこからアレックスお兄様に伝わったのだろう。


「ずいぶんと王都に来るのが早かったですね。もう少し時間がかかるかと思ってましたよ」

「この件については早急に片付けなければならないと思ってな。競馬シーズンまで引きずるわけにはいかん」

「それもそうですね」


 今や競馬はハイネ辺境伯領の大きな収入源となっている。他の領地でも開催しているようだが、ハイネ辺境伯領ほどの規模ではなかった。庶民の娯楽としては人気があるという話だったけどね。


「ユリウスもよく来たね。あまり王都に来たがらないから、嫌いなのかと思っていたよ」

「必要であれば来ますよ」


 俺は苦笑いするしかなかった。確かに俺は王都には来たがらない。だって王都に来ても特にすることがないからね。魔法薬も魔道具も作ることができない。すぐにできることと言えば、ぬいぐるみ作りくらいだろうか? それってどうなのよ。


 王都には大図書館があるのだが、入場できるのは成人になってから。当然のことながら俺は入ることができない。つまり、暇である。ぬいぐるみ職人は嫌だ、ぬいぐるみ職人は嫌だ……。


「ところで聞いても良いかな。どうしてユリウスが呼ばれたんだい? ダニエラ様に、『どうしてもユリウスを呼んでくれ』って頼まれたんだけど……まさかユリウス?」

「いや、ダニエラ様と良い関係になんてなってませんよ!? だって数回しか会ったことがありませんからね」

「それじゃ、クロエ様からのお願いだったのかな?」


 うーん、と考え込むアレックスお兄様。お父様は知らん顔をしている。どうやらアレックスお兄様にも、まだ内緒にしておくようである。もしかしてアレックスお兄様はあまり信頼されていないのかな? 頑張れアレックスお兄様。


 アレックスお兄様はしばらくの間、タウンハウスに帰って来ることにしたようだった。話を聞くと、どうやらアレックスお兄様は期待通り副生徒会長に就任したらしい。もちろん生徒会長はダニエラ様だ。


 その人事は当然のことながら多くの嫉妬を生み出したらしい。そして寮生活をしているお兄様のところにも頻繁に人が来て騒ぐようになったらしい。

 それは男子生徒だけでなく、女子生徒もである。それもそうか。次期辺境伯という肩書きがあって顔も良い。頭も良い。そんな優良物件が見逃されることなどないのだ。


 ダニエラ様との関係がどうなっているのかをじっくりと聞いてみたいところだったが、お父様が何も聞かないところをみると、それなりに話が進んでいるのだろう。ダニエラ様の降嫁先としては申し分なし。これは決まったかな? そうなると、俺とクロエが結びつく可能性はほぼなくなるな。国王陛下もクロエを別の手札として使うことができる。


「クロエ様からは特に何も聞いていませんが……。ところでアレックスお兄様、ミュラン侯爵家のキャロリーナ嬢は王都に来ているのですか?」

「どうなんだろうね? 最近はヒルダ嬢と話す機会が少なくなっているからね」


 考え込むお兄様。うん、これはほぼほぼ決まりだな。アレックスお兄様はヒルダ嬢ではなく、ダニエラ様と結婚する。妥当な判断だと思う。ヒルダ嬢には残念な結果になってしまったけど、美人さんだし、身分も高いし、引く手あまただろう。

 まさかアレックスお兄様、本当に胸の大きさで選んでいないよね? 信じてるよ?


「そうなのですね」

「もしかしてユリウス、気になるのかい?」

「いや、そういうことではないですけど、さすがに王都にキャロリーナ嬢が来ていたら、顔を見せないわけにはいかないでしょう?」

「それもそうだね」


 こんな些細なことでミュラン侯爵との関係がこじれるのは避けた方が良いだろう。そうでなくとも、アレックスお兄様とヒルダ嬢の間で関係がこじれているかも知れないのに。

 俺はひそかに使用人に探りを入れてもらうことにした。




 王都に到着してから数日後、王城から面会の知らせがやって来た。これでも十分に早いと思う。なるべく周囲に不審に思われないようにしながらも、早く俺たちを呼び出したい。そんな空気を感じ取ることができた。


 面会には俺とお父様が向かうことになる。アレックスお兄様は呼ばれなかった。ちょっと不審そうな表情をしていたが、改めて聞いてくることはなかった。まあさすがに何かあったことには気がついているようだが。


「準備はいいな、ユリウス?」

「もちろんです。万能薬の作り方も書き写しておきましたよ」

「いいんだな、それで?」

「ええ、もちろんです。お婆様もきっとそうするはずです」

「そうだな……」


 タウンハウスの前にハイネ辺境伯家の馬車が止まっている。本来、国からの呼び出しならば王家の馬車が迎えに来るはずなのだが、今回はそれはなかった。どうやら相当、用心しているようである。

 俺たちが乗ると、馬車は真っ直ぐに王城へと向かって行った。

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