第120話 王都への旅立ち

 ハイネ辺境伯家の屋敷の前にはズラリと使用人たちが並んでいる。その中に、俺も並んでいた。

 地面を覆っていた雪は完全に溶けてなくなり、小さな緑が芽吹き始めている。今日はお兄様たちが王都に向けて出発する日である。

 お母様がアレックスお兄様と、ちょっと緊張した様子のカインお兄様に別れを告げていた。


「二人とも、気をつけて行って来るのよ。アレックス、しっかりとカインの面倒を見るのですよ」

「任せて下さい、お母様」

「お母様、私はもう子供ではありませんよ」


 いささかご立腹している様子のカインお兄様。子供ではないと言っているがまだ十三歳。そうは言っても子供と大人が半分ずつくらいだろう。対するアレックスお兄様は十五歳になり、学園を卒業と同時に一人の成人として認められることになる。

 今年はもしかして副生徒会長に就任するのでは? とハイネ辺境伯家では勝手に盛り上がっていた。


「アレックスお兄様、カインお兄様、時々で良いので手紙を送って下さいね」

「分かったよ。お父様とお母様に近況を報告するときに、ユリウスにも手紙を送ろう」

「なるべく書くようにするよ」


 笑顔で引き受けてくれたアレックスお兄様とは対照的に、カインお兄様は苦笑いだった。どうもカインお兄様は体を動かす方が好きなようで、脳筋気味な気がするんだよね。ちょっと心配だ。せめて手紙くらいは書けるようになってもらわないと。


「二人ともしっかりと学問に励むように。成長したお前たちに会える日を楽しみにしているぞ」


 最後にお父様が二人の頭をなでて、お兄様たちは馬車に乗り込んだ。

 十名ほどの護衛の騎士を連れて二人は王都へと旅立って行った。


「キュ~」

「夏には戻ってくるはずだから、それまではちょっと寂しくなるね」


 悲しそうな声を上げたミラの頭をなでてあげる。冬の間は二人にかわいがられていたもんな。そりゃ寂しくもなるか。

 王都の騒ぎは収まったようだが、黒幕はまだ分かっていない。それだけがちょっと心配だ。まさか学園を狙うことはないと思うけど……。


 本当は両親も行かせたくなかったのかも知れない。それでもアレックスお兄様はもう大人だし、信じることにしたのだと思う。

 カインお兄様のことは心配だったのだろうな。何度も「本当に王都の学園に行くのか?」と聞いていたからね。それでもカインお兄様は行くって言っていたし、そう言ったからには十分に用心するだろう。




 お兄様たちが王都に向けて出発してから数日が経過した。二人がいない、ちょっと静かな日常にも慣れてきた。

 俺はミラをクレール山に連れて行ったり、領都を見回ったりしながら毎日を過ごしていた。

 そんな平穏な日常を過ごし、木々の緑が濃くなってきたころ、アレックスお兄様から手紙が届いた。もちろん俺だけではなく、両親にも手紙が届いている。


「さて、何が書いてあるのかな? ダニエラ様との蜜月について書かれていたりして……」


 ちょっとウキウキしながら手紙の封を切ると、内容は蜜のような甘いものではなかった。俺が恐れていたように、国王陛下が毒殺されそうになったと書いてあったのだ。

 この事件は秘中の秘だそうであり、アレックスお兄様もダニエラ様から内緒で聞いたらしい。秘中の秘とは一体。まあそれだけ、ダニエラ様とアレックスお兄様がイイ感じであるということだろう。


 国王陛下は一命を取り留めたそうである。何でも、どこからか手に入れた魔法薬の効果が非情に高かったらしく、すぐに回復したらしい。それで国を揺るがす大事件にならないように極秘に処理することにしたようだ。

 もちろん、再び食べ物についての警戒が強まったそうである。


 実行犯は捕まり、現在取り調べ中だそうである。それはそうだよね。国王陛下の食べるものに毒を入れることができる人物なんて限られているからね。

 この毒殺未遂事件がどのように転ぶのかはちょっと分からないな。


 そしてその「どこからか手に入れた魔法薬」はきっと俺がクロエに託しておいた万能薬のことだろう。あの万能薬は品質が悪かったから、きっと国王陛下は渋面になったはずだ。濃縮した森の味に、不快な香り。想像しただけでもノーサンキューである。

 次に作るときはもう少し品質の高いものを作りたい。


 それよりも、狙われたのが国王陛下だけで良かった。同時に王妃殿下やクロエまで毒にやられていたら、助からないところだった。手紙を読み進めながら嫌な汗をかいたぞ。

 ふう、やれやれだぜ、と汗を拭っていると「ピンポーン」と音がした。俺の返事を待たずに扉の向こうから声がかかる。どうやら火急の知らせのようである。


「ユリウス様、旦那様がお呼びです」

「分かった。すぐに行くよ」


 きっとお父様に届いた手紙にもこの件についてのことが書かれていたのだろう。それで俺が呼び出されたということは、何だかあまり良い予感がしないな。俺は重い足取りでお父様がいる執務室へと向かった。

 チャイムを鳴らして室内に入る。中にはお父様とライオネルの姿があった。


「お呼びでしょうか、お父様」

「来たか、ユリウス。まずはこれを見てくれ」


 差し出された手紙を受け取る。先ほど読んだ手紙と同様に国王陛下の毒殺未遂事件について書かれていた。そして最後に「ユリウスに王都へ来て欲しい」と書かれていた。

 どうやらダニエラ様に頼まれたそうである。何のことなのかサッパリ分からないアレックスお兄様が困惑している様子が文面からも分かった。


「ユリウス、この使われた魔法薬は『万能薬』で間違いないな?」

「恐らくは。名前が出ていないところをみると内緒にしておきたいのでしょう。たぶん、私のことも」

「そうだろうな。それでアレックスの手紙に、ユリウスに王都まで来てもらうように書いてもらったのだろう。国王陛下からの手紙だと、だれに渡ったのかがすぐに分かるからな」


 なるほど。敵を警戒してアレックスお兄様を使ったのか。簡単に手紙一枚も出すことができないとは王族も大変だな。

 それにしてはクロエからは手紙が来てるぞ? どうなってんの。まだ子供だからオッケーなのかな?


 俺を王都に呼ぶと言うことは万能薬のことを聞きたいんだろうな。ここは隠すよりも作り方を公開した方が良いだろう。その方が万能薬の数を用意することができるはずだ。そうなれば、王妃殿下やクロエの生存率も高くなるだろう。


「それでは急いで王都に行って参ります」

「私もライオネルも一緒に行こう。急いで準備をしてくれ」

「分かりました」


 ああ、穏やかな日常が早くも忙しい日常になってしまったな。

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