第116話 おそろいのネックレス
ファビエンヌ嬢の細くて白い指がネックレスの入ったケースを開ける。
中身を見た瞬間、ファビエンヌ嬢の目がさらに大きく見開かれた。今にもこぼれ落ちそうだ。口元に手を当てて、完全に息を詰まらせていた。
うーん、そんなに刺激的なプレゼントだったかな? こちらとしてはプレゼントが思いつかなくて苦肉の策だったのだけれども。こんな空気になるかもとは思っていたが、ここまで緊迫したものになるとは思わなかった。
「えっと、初めて女性に宝石をプレゼントするので良く分からなくて……気に入ってもらえると良いのですが」
ファビエンヌ嬢が何かを言う前に予防線を張る俺。だってしょうがないじゃないか。ゲーム内で特殊な効果が付与された指輪をフレンドにあげても「サンキューな!」くらいしか返事か戻ってこないんだもん。結局はゲームの中のアイテムなんで、そう言った反応になるのも仕方がないかも知れないけど。
「そ、そんなことはありませんわ。とてもうれしいですわ。その……着けてみても?」
「もちろん構いませんよ」
まだどこか緊張感の残る顔をしているファビエンヌ嬢に笑顔で答えた。良かった。取りあえずは受け取ってもらえるようである。
「キュ!」
「え? 何、ミラ?」
ミラが俺をグイグイと引っ張りだした。そして俺の腕を必死にケースの方に向けた。
ああ、なるほど、理解した。これは「ファビエンヌ嬢にネックレスを着けて差し上げろ」と言うことだな。
「ファビエンヌ嬢、私が着けても良いですか?」
「ももももちろんですわ」
何て表現したら良いんだろうか。ファビエンヌ嬢の顔がブワッと一気に、花が咲き開くかのように赤く染まった。
そうだよね、そうなるよね。たぶん今の俺の顔も赤くなっていると思う。顔が熱い。
ネックレスを手に取るとそっとファビエンヌ嬢の後ろに回った。
自分用のネックレスを買っておいて良かった。それを身につけるために自分で金具の部分を扱っていたので、開閉には問題がない。ここで手こずるとかっこ悪いからね。
俺は迷いなく、スッとネックレスを取り付けた。ファビエンヌ嬢の陶器のようなうなじが妙に気になる。はわわ。
「着け終わりましたよ。どうでしょうか?」
俺がネックレスを装着すると使用人がスッと鏡を持って来た。何というそつのない使用人なんだ。まるであらかじめ準備していたかのようである。
ファビエンヌ嬢は鏡を見ながら体を右に左にと傾けて確認していた。
「とてもキレイで素敵ですわ。色も落ち着いていて気に入りましたわ」
「それは良かった。今後の参考のため、ファビエンヌ嬢の好きな色を教えていただいてもよろしいですか?」
「ええ、それはもう……それにしても、ずいぶんとネックレスを着けるのが手慣れておりましたわね?」
振り返りながらファビエンヌ嬢がそう言った。その顔に少し影があるように見えたし、言葉にもちょっとトゲがあるように感じた。
あ、これはもしかして、俺が女性に対してそんなことばかりしてるって思われてる? さっき「初めて女性に宝石をプレゼントする」とか言ってたのに、上手じゃないかって思われてる?
ち、違わぁ!
「ち、違いますよファビエンヌ嬢! 勘違いしないで下さい。そのネックレスが気に入って、俺も同じものを買ったんですよ。だから金具を取り付けるのに慣れているんですよ。ほら、ほら!」
俺は慌てて自分のネックレスを引っ張りだした。たった今、ファビエンヌ嬢が身につけたものと同じものが目の前にぶら下がる。
その瞬間、ファビエンヌ嬢の動きが止まった。納得していただけただろうか?
次の瞬間、ファビエンヌ嬢の全身がブワッと真っ赤に染まった。
「ファ、ファビエンヌ嬢!? 大丈夫ですか?」
「だ、だ、だ」
ダメだこれ。「大丈夫だ、問題ない」って言いたそうだが全然言えてない。俺は元の位置に座ると、ファビエンヌ嬢が落ち着くのを待った。赤色が落ち着くまでにはかなりの時間がかかった。
「ところでファビエンヌ嬢、ちょっと気になったのですが、アンベール男爵はどこか具合が悪いのではないですか?」
「ああ、やはり気がついてしまいましたか。なるべくユリウス様に心配をさせないようにと思っていたのですが……。実は最近、お父様の体調が優れない様子なのですよ」
この話を出したのはまずかったかも知れない。ファビエンヌ嬢が花を咲かせたあとのようにうなだれてしまった。だが、ファビエンヌ嬢の両親に何か問題があるなら、聞いておかなければならない。
「一体何があったのですか?」
「それが原因が分からないのですよ。色々な魔法薬を試したのですが、どれも効果がなくて……そのうちお父様が魔法薬を飲むのを嫌がるようになってしまいましたわ」
そりゃそうだろう。ハイネ辺境伯家では俺の頑張りのかいあって、まともな魔法薬が処方されるようになった。だがひとたび外に出れば、どこもゲロマズ魔法薬が待ってる。だれでも萎えると思う。
「そうだったのですね。あの、私が作った解毒剤を試してみませんか?」
「え? ユリウス様が作った?」
「そうです。ここだけの、ここだけの秘密なのですが、ハイネ辺境伯家で使っている魔法薬は私が作っているのですよ」
大事なことなので二回言った。この部屋にいる使用人たちも察してくれたと思う。確認するように視線を向けると、うなずきを返してくれた。うん、大丈夫そうだ。
「だれにも言いませんわ。それで、あの、疑うつもりはありませんが、その解毒剤は大丈夫なのですか?」
「大丈夫ですよ。キラースパイダーの毒を完全に取り除くことができるくらいの効果を持っています。我が騎士団では『女神の秘薬』とウワサされたくらいですよ」
「女神の秘薬!」
ファビエンヌ嬢の目が輝きを増した。もしかすると、希望の光が見えたのかも知れない。ファビエンヌ嬢がテーブルの上に身を乗り出した。
たぶん大丈夫だと思うが、もしこれでダメだったら早急に強解毒剤を作ろう。あれなら大丈夫のはずだ。
「じ、実際はただの解毒剤なんですけどね。こんなこともあろうかと、いつも使用人に回復薬と解毒剤を持たせているんですよ」
そう言って目配せすると、すぐに使用人が魔法薬を入れているとポーチを持ってきてくれた。中からゴロンと魔法薬を出す。
「この黄色の魔法薬が解毒剤ですね。そしてこっちの赤色の魔法薬が初級体力回復薬です。体調が良くなっても、体力がなくなっていると別の病気にかかるかも知れません。一緒に飲むことをおすすめしますよ」
出された魔法薬をファビエンヌ嬢が食い入るように見つめていた。
やがて決意を固めたようである。
「お父様に使わせていただいてもよろしいでしょうか?」
「いいですとも」
ファビエンヌ嬢を安心させるかのように、笑ってそう答えた。
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