第115話 プレゼントは光り物?

 手紙を送ったのはクロエとキャロだけではなかった。もちろん、魔法薬の沼に引きずり込もうとしているファビエンヌ嬢にも送った。

 クロエとキャロの手紙はすぐには相手に届かないが、同じ領内に住むファビエンヌ嬢にはすぐに届く。そのためすぐに返事が返ってきた。


「おお、ついにファビエンヌ嬢の家にも調合室が用意されたのか。何々、一度、見に来て欲しいとな。これは行かねばなるまい」

「キュ!」

「お、ミラも行くか~? そうだね、庭の散歩ばかりじゃ飽きるよね」

「キュ」


 ミラが大きくうなずいている。ハイネ辺境伯家の庭はそんじょそこらの貴族の家よりも広いんだけどなー。それでもミラには物足りないらしい。

 俺はすぐにいつでも遊びに行きますと言う内容の手紙を送った。


 それから数日後、ファビエンヌ嬢からの手紙を受け取ると、出かける準備を始めた。

 何か手土産があった方が良いよね。お茶菓子を持っていくのは当然として、他にも何か手土産を……。ファビエンヌ嬢の家にはすでに冷温送風機はあるはずだし、ここは化粧水とハンドクリームの素材をプレゼントしようかな? いや、さすがにそれだと女性受けが悪そうだ。


「ユリウス、どうしたのです?」


 俺がサロンで悩んでいると、ちょうどお茶にやって来たお母様が声をかけてきた。俺がかくかくしかじかなんですよと説明すると「あらあら」と言いながら、目を細めて口元を扇子で隠した。

 これはあれだ。色々と勘違いされているようである。俺とファビエンヌ嬢はまだそんな関係ではない。


「それなら宝石をプレゼントしたらどうですか? あなたが選んだ物ならきっと喜びますよ」

「なるほど」


 確かにそうだな。女性は指輪やネックレスなどを贈ると基本的に喜んでくれる。無難な贈り物と言えばそうだろう。

 宝石か。プレゼントしたことがないからどんなのが良いか分からないな。ここは宝石商を呼んで、話を聞いてみるべきだな。思い立ったが吉日。俺はすぐに手配した。


 翌日、さっそくやって来た宝石商を客室に迎える。部屋には俺と宝石商だけである。宝石商はサンプルとして色々な装飾品を持って来てくれていた。


「よろしく頼むよ。あまり宝石のことは詳しくなくてね」

「お任せ下さい。そのために我々がいるのですから」


 笑顔を浮かべる宝石商の主人。しかし何だかその目がほほ笑ましい光景を見るような目をしていた。

 ……そう言えば忘れがちだけど、俺ってまだ八歳だよね? そんな子供が「女の子のプレゼントに宝石を贈ります」なんて言ったら、そんな目にもなるか。思わず苦笑いを返してしまった。


「えっと、同じ年齢の女性に贈りたいんだが……」

「それならネックレスがおすすめですね。指輪だと、成長すると使えなくなってしまいますからね。もちろん指輪をチェーンにつけて首からさげるという方法もありますが、肌が傷つく恐れがあるのでおすすめはしません」

「なるほど。それじゃ、ネックレスにするよ。色々見せてくれるかな?」

「もちろんですとも」


 こんなことならファビエンヌ嬢の好きな色や、好きな宝石を聞いておけば良かった。魔法薬かミラの話ばかりで、その手の話は一切しなかったもんね。その結果がこれである。

 とりあえず無難に人気の色を……とかにすると、一番やってはいけないパターンのような気がする。ここは慎重に選ばなければ。


 俺は悩みに悩んでダイヤモンドの宝石にした。色のない宝石なので人気は今一だそうだが、純粋で可憐なファビエンヌ嬢にはピッタリだと思う。完全な俺の思い込みでしかないが。


「なるほど、ダイヤモンドですか。それなら台座周りを少し豪華なものにした方がいいですね。シルバーではなく、ゴールドにしましょう」


 そんなわけで、ゴールドチェーンにダイヤモンドのネックレスにした。個人的には何だが金色と白色が混じり合ってゴージャスな感じがして気に入っている。これなら俺も欲しいかも知れない。


「俺の分も頼めるかな?」

「もちろんですとも。お任せあれ」


 どこから取り出したのか、すぐに同じものが二つ用意された。うん、これ、ペアルックだよね。まあ良いか。別にだれかに見せるわけでもないし、大丈夫だろう。

 当然のことながらこれらの購入費用は自腹である。だがしかし、俺にはこれまで魔道具の設計図を魔道具ギルドに売りつけたりした利益がある。この程度の出費、痛くもかゆくもなかった。


 プレゼントを用意した俺は意気揚々とファビエンヌ嬢の家に向かった。もちろんミラも連れてきている。ロザリアはお留守番である。一緒に行きたがったが、そこはお母様がたしなめてくれた。

 ファビエンヌ嬢の家に到着すると、ファビエンヌ嬢だけでなく、アンベール男爵夫妻も出迎えてくれた。


「お待ちしておりましたよ、ユリウス様」

「お久しぶりですわ、ユリウス様」

「本日はよろしくお願いします。ほら、ミラも挨拶して」

「キュ!」


 ヨッとばかりに片手を上げるミラ。その様子を見ていた人たちの顔がほっこりとなった。さすがはミラ。効果はバツグンだ。周囲に雪が積もっており、外は寒い。そのためすぐに屋敷の中へと案内された。


 アンベール男爵邸でも冷温送風機は設置されているようである。暖かい空気が出迎えてくれた。家全体の空気を暖めるにはやはり冷温送風機が一番のようである。暖炉だとそうはいかないだろう。

 王都の貴族が冷温送風機の魔道具に殺到するのは無理もないことなのかも知れない。


 案内されたアンベール男爵家のサロンは、こぢんまりしていたが大きな窓からは暖かな光がふんだんにそそぎ込まれており、大変気持ちが良かった。

 すでにお茶の準備が整えられていた。たぶんこのお茶はファビエンヌ嬢が庭で育てたハーブなのだろう。家で飲むハーブティーとは別物だ。


「良い香りですね、このお茶」

「私が育てたハーブを乾燥させておいたのですよ。気に入ってもらえて良かったですわ」


 明るく笑うファビエンヌ嬢に手土産のお茶菓子を渡した。受け取った使用人がするにお菓子を食べることができるように準備してくれた。

 ファビエンヌ嬢のご両親は挨拶を済ませると「あとは若い二人で」と言わんばかりにそうそうと部屋を出て行った。

 何だろう、先ほどから気になっていたのだが、アンベール男爵が声を出していない気がする。それに今にして思えば、何だか顔色が悪かったような……。


 二人っきりになったところで例のブツを取り出した。もちろん周囲には使用人がいるので、あとで屋敷中の人たちにはバレバレになるのだが。


「ファビエンヌ嬢、プレゼントがあるのですよ」


 そう言って、首をかしげたファビエンヌ嬢の前にネックレスが入ったケースを差し出した。中身を察したファビエンヌ嬢の目が大きく見開かれた。

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