第112話 冬が始まる

 本格的な冬が始まる前には、扉のチャイム音は「ピンポーン」に変わっていた。為せば成る。ユリウス・ハイネは男の子。

 手配しておいた薪も、本格的な冬が到来する前には領地に到着した。十分な量を確保しているので、よほどのことがない限りは大丈夫だろう。


 あの後、クレール山の地主は持っていた土地を没収された。没収された土地の料金は支払っている。もちろん本来の価格よりもずっと安い金額ではあるが。それでも刑罰に処されなかっただけマシだと思う。


 もし領都に薪不足による損害を与えていれば、死罪も免れなかったはずだ。厳しい処分のようだが、冬の寒さに耐えきれず、領内で死者が出る可能性も十分にあり得た。領主としては当然の判断だと思う。


 ピンポーンと音がする。最近ではミラだけでなく、屋敷中の人がピンポンを押すようになっている。何ならお父様の執務室にも採用されているし、両親の寝室にもついている。作ったのはもちろん俺ではなく、ロザリアである。ロザリアは順調に魔道具師としての道を歩んでいるようである。重畳、重畳。

 俺付きの使用人に目配せをすると、扉を開けた。


「キュ!」

「ミラ、どうしたんだい?」

「キュ~!」

「ああ、もしかして、またクレール山に行きたいのかな?」

「キュ」

「よしよし、それじゃ行くとしよう」


 最近のミラのお気に入りはクレール山に出かけることである。さすがに真冬になると山には行くことができないので、それまでの間はなるべくミラを連れて出かけるようにしている。そのときはもちろんジャイルとクリストファーも一緒である。


「見て下さいよ、ユリウス様。もう雪がこんなに積もってますよ」

「冬が始まるな。さすがにこれ以上積もるとクレール山には行けないな」

「キュ~」


 ミラが残念そうな声を上げている。仕方ないよね。ミラは大丈夫かも知れないが、さすがに一人で山に行かせるわけにはいかない。クリストファーが言ったように、先日来たときよりも雪が積もっている。


「ユリウス様、クレール山にはただ散歩に来ただけなのですか?」

「鋭いな、ジャイル。実は魔法薬の素材を探しているんだよ。冬の山でしか見つからないものでね。結構貴重なんだ」

「どんなものなのですか?」

「赤色の木の実だね」


 それは木から落ちずに実り続けたチーゴの実である。普通のチーゴの実は紫色をしているのだが、落ちずに残ったものは熟成されて赤色になるのだ。

 落ちなかったチーゴの実は植えても芽は出ない。そのため、植物側からすると、ただの不良品である。だがしかし、魔法薬師にとっては大変貴重な素材である。


 熟成されることによって、その効果が跳ね上がるのだ。そしてその貴重な熟成チーゴは上級魔力回復薬の素材となる。この時期しか取れないものなので手に入れられるのならぜひ欲しい。


 クレール山を散歩しながら木や地面に注意してあるく。落ちた熟成チーゴが雪に埋もれてしまっている可能性もある。その場合は探すのは不可能だろうな。

 今日も見つからないのか、そう思ったとき。


「キュ、キュ!」

「ん? どうしたの、ミラ?」


 ミラがここ掘れワンワンとばかりに前足で雪を掘り始めた。もしかして、何かが雪の下にあるのか? それってもしや。

 俺はミラが掘り起こすのを急いで手伝った。ジャイルとクリストファーから「自分たちがやるのでやめて下さい」と言われたが、俺は掘るのをやめなかった。だってそこにお宝があるかも知れないのに、だれかに任せてはいられない。


 雪の深さはそれほどでもなかった。すぐに地表付近まで掘ることができた。そこには赤く熟成されたチーゴの実があった。


「やったぞ、ついに念願の熟成チーゴを手に入れたぞ! ミラ、良くやったぞ」

「キュ!」


 雪でミラがぬれているのも気にせずに抱きかかえてほおずりをした。顔や服がぬれてしまったが、そんなことは取るに足りない問題である。今はこの感動を分かち合わなければ。


「ユリウス様、まだ他にもあるかも知れません。探しましょう」

「そうだな。熟成チーゴが雪に埋もれているということは、木から落ち始めていると言うことだ。この機会を逃したら、来年までは手に入らないだろう」


 その後も俺たちは日が暮れるまで熟成チーゴを探した。その結果、合計で三つの熟成チーゴを見つけることができた。

 なお、屋敷に戻ったときには四人とも随分と湿った状態だったので、お母様と使用人たちに風邪でも引いたらどうするのかと怒られた。俺たちは冷温送風機の前で暖かい風にさらされながら仲良く小一時間ほど怒られた。


 ようやく解放され、ジャイルとクリストファーに謝ったあと部屋に戻った。一緒に怒られたミラは俺の頭に張り付いている。よっぽど怖かったようである。母は強し。ミラをなでながら机に座った。


「三つか。これなら何とか上級魔力回復薬を一本作ることができそうだ。それがあれば、強力な魔法を使ってもすぐに魔力を元に戻すことができるぞ。でも素材がまだ足りないんだよね」


 俺は熟成チーゴを自室にある貴重な素材を入れる箱に大事にしまった。ここには調合室には置いておけない素材を隠している。みんなが自由に出入りできる場所に置いておくのはちょっと不安だからね。何かあったら困る。


 冒険者ギルドに依頼した貴重な素材はまだ一つも手に入っていない。これはしょうがないと思う。時期も悪かった。これから本格的な冬が始まると、冒険者たちの動きも鈍くなる。素材が手に入るのは来年になってからだろう。それまでこのチーゴもお預けだな。


 俺の部屋に置いている素材入れは調合室にある素材入れよりも気合いを入れて作ってあった。氷室機能を搭載しており、長期間保管していてもほとんど劣化しないようになっている。


 本当は完全時間停止の素材入れにしたかったのだが、時間停止の魔法陣はどうしても巨大になってしまう。そしてそんなものを作っているのが見つかったら、とんでもない騒ぎになるだろう。


 お婆様の神通力は魔法薬でしか発揮されないのだ。俺に伝説の魔道具師の師匠がいれば、その師匠のせいにできるので何とかすることができると思うんだけどね。残念ながら、まだそんな魔道具師の名前を聞いたことがなかった。何なら俺がそれになりつつあった。

 これはまずい。弟子入り志願とかされた日にはシャレにならんことになるぞ。すでにロザリアやエドワードたちが弟子みたいなものではあるが。

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