第111話 チャイム
自室に戻ると自然に大きなため息が出た。そのままゴロンとベッドに横になる。こんな姿をだれかに見られたら、間違いなく怒られることだろう。
何とかしのぎきったみたいだ。お父様のあの感じだと魔道具を作るための工作室の許可も下りるだろう。これでロザリアとの約束も果たせるぞ。
ドンドン、と扉を頭突きするような音が聞こえる。この鈍い音は間違いなくミラ。以前、ガリガリと扉をひっかいたので怒ったことがあるのだが、それ以来はこうなっている。
このまま頭突きでノックするように習慣づけてしまうと、ミラの頭に悪いかも知れない。ここはチャイムでも作って対処しよう。
扉を開けるとミラが飛び込んできた。
「どうしたんだい、ミラ?」
抱きかかえたミラにぬれたような形跡はなかった。どうやらお風呂はまだみたいである。確かお母様たちが先にお風呂に入るようなことを言っていたのだが、この様子だと一緒には入らなかったみたいである。
「キュ~」
「うーん、何て言っているか分からないな。一緒にお風呂に入るか?」
「キュ!」
どうやら正解だったようである。ミラには早く意思の疎通が取れるようになってもらいたいところだ。早く念話っぽいのを習得してくれ。ゲーム内にはそんなスキルはなかったので俺ではどうしようもない。テイマー職とかなかったしね。
ミラを連れてお風呂の様子を確かめに行くと、ちょうどお母様とロザリアがお風呂から上がったようだった。
「ミラ、急にいなくなったと思ったら、お兄様のところに行っていたのね」
「あらあら、ユリウスと一緒にお風呂に入りたかったのね」
「キュ」
俺の腕の中でお母様とロザリアになでられるミラ。もしかして、俺一人でお風呂に入るのが寂しそうだと思ったのかな? 別にそんなことはないんだけどね。俺はそのままミラと一緒にお風呂に入った。
「ミラ、この前に行った山を俺が管理することになったんだ。だから今度からミラもあの山で自由に遊ぶことができるようになるよ」
「キュー!」
ミラが万歳するかのように両手を挙げた。ミラはこちらの言葉をすべて理解しているのかな? そうだとしたら、扉のチャイムを押すこともできるようになるだろう。
「ミラ、お手」
「キュ」
ミラが俺の手のひらの上に自分の足を置いた。うん。間違いなく言葉は通じているようである。お風呂から上がった俺はすぐにチャイムの魔道具作りに取りかかった。
ミラの体を乾かす作業はお風呂の前で出待ちしていたお母様とロザリアにお任せした。
部屋に戻った俺は「ボタンを押すと音が鳴るだけ」というものすごく簡単な魔道具を作りあげた。ボタンと音が出る部分は配線でつながっている。あとはこれを扉に設置するだけである。
「さすがに壁に穴を空けるのはまずいよね。ちょっと高そうな木の扉だけど、こっちの方が買い替えればいいだけだから安いよね?」
そう自分に言い訳しながら、高そうな装飾が施された扉に小さな穴を空けていく。途中で心配した使用人がやって来たが、俺の説明を聞いて納得してくれたみたいである。何と言っても、俺の満足のためではなくミラのためだからね。
程なくして扉にチャイムが付け終わった。ミラは飛ぶことができるので、ドアノブの少し上に取り付けてた。これなら押しやすいし、見つけやすい。
ちょうと取り付け終わったころにロザリアがミラを連れてやって来た。
「ちょうど良かった。ミラ、これを押してもらえるかな?」
「キュ?」
コテンと首をかしげながらも俺の指示に従ってミラがチャイムのボタンを押した。扉の反対側から「ブー」と言う音がした。かわいくない音だが、メロディーを作るのはさすがにこの短時間では無理だった。だがブザー音くらいならできる。
「キュ! キュ!」
気に入ったのか、ミラがチャイムを連打した。ブーブーと音がしている。ロザリアも気になったようで、チャイムを押してブーブー言わせていた。
「お兄様、これは何ですの?」
「ミラが頭で扉をノックする代わりに、音で知らせてもらおうと思ってね。さすがにミラの頭が悪くなると困るからね」
そう言うと、俺のおなかに向かってミラがタックルをしてきた。馬鹿にするな、と言うことなのだろうか。良く分からん。そのままミラをなでている隣で、ロザリアは真剣な顔をしてチャイムを見ていた。なんぞや。
「お兄様、いつの間にこのような新しい魔道具を作ったのですか?」
「え? ついさっき」
ロザリアがなんだか悔しそうな顔をしている。この発想に行き着かなかったことを気にしているのかな? でもなぁ。俺にはこの世界よりも進んだ世界の知識があるからね。これは俺の発想というよりも、見たことがあるものを再現しているだけなんだよね。なので厳密には俺がオリジナルなわけではない。だから俺に負けたとか気にしなくてもいい。
でもこんなことをロザリアに言うわけにはいかないしな。困ったな。
「お兄様、この魔道具を私の部屋にも付けたいですわ」
「分かったよ。設計図を作っておくから、自分で作ってみるといいよ。そんなに難しくないからね」
「そうしますわ!」
俺はササッと設計図を作ると、ロザリアにそれを渡した。それを受け取ったロザリアは一目散に自分の部屋へと戻って行った。ロザリアの向上心はすごいなぁ。きっと立派な魔道具師になるぞ。その沼に引き込んだことについて、お母様に怒られそうな気がするけど……。
だが新しい魔道具を作り、それがみんなに受け入れられ、みんなが便利になれば、ものすごい金額が動くことになる。ハイネ辺境伯家にとっても悪い話ではないはずだ。俺が将来作る魔法薬も大きな収入源になるはずだ。悪いことは何もないはず。
「ミラはそれが気に入ったみたいだね」
「キュ!」
ミラは自分が使うことができる魔道具ができてうれしいのか、まだブーブー鳴らしていた。音、改良しようかな。ピンポーンにした方がミラが喜ぶかも知れない。こうして俺はメロディーを発生させる魔道具の研究にいそしむのであった。
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