第113話 注文依頼

 窓の外には雪が積もっていた。本格的な冬の始まりである。冷温送風機のおかげで暖炉に火を入れなくても、部屋の中は十分に暖かかった。


「作って良かったな、冷温送風機。毎年、使用人たちが暖炉に火を入れるのが大変そうだったもんな。薪の消費も抑えられるし、一石二鳥と言うやつだろう」

「キュ」

「おはよう、ミラ。今日も元気そうだね」

「キュ!」


 最近のミラは俺と妹のロザリアのベッドに代わる代わる潜り込んでいた。家族が王都から戻ってくるまでの間は、ミラも含めた三人で寝ることが多かったのだが、さすがにお母様にやめさせられた。


 あれかな、俺がロザリアに手を出す可能性があるとか考えているのかな? そんなことしないのに。ロザリアがすごい勢いでお母様に噛みついていたが、無駄に終わった。どうやらお母様はそろそろロザリアを立派なレディーとして育てようとしているようだった。

 支度を調えて食堂に向かうと、そこにはロザリアの姿があった。


「ミラ! お兄様のところで寝たのですね。ミラだけずるいですわ」


 そう言って俺の腕の中にいるミラをにらみつけるロザリア。そんなこと言ってもなぁ。食堂の席に座りながらどうやってロザリアに言い聞かせるべきかを考えた。


「ロザリアももう六歳なんだし、一人で眠れるようにならないといけないよ。それに兄妹でも、一緒に寝るのは良くないよ。だってほら、アレックスお兄様やカインお兄様とは一緒に寝ないだろう?」

「お兄様は別ですわ」


 別、とは? あれかな、男性的な対象とみなさないと言うことなのかな? それはそれでどうなんだ。俺が答えに窮していると、食堂にやって来たお母様が口を挟んだ。


「ロザリア、まだその様なことを言っているのですか? もうユリウスと一緒に寝るのはダメですよ。いつまでもわがままを言ってはいけません」


 怒られたロザリアはションボリとしてうつむいた。何だか可哀想になってきた俺は、これからはロザリアのところで寝るようにミラに頼むのであった。

 朝食を食べ終わると、午前中の勉強の時間が始まった。冬の時期は外に出る時間が少なくなるので、その分、勉強をする時間が増えるのだ。


 ハイネ辺境伯家で雇っている先生たちのほとんどは、屋敷に客室を用意されており、住み込みで勉強を教えてくれていた。そんなことをして窮屈じゃないのかと先生に尋ねたことがあるのだが、先生たちのほとんどは「食費も生活費もかからないので、すごくありがたい」と言っていた。先生たちにとっては冬の間は稼ぎ時なのかも知れない。


 午前中のハードな勉強が終わると昼食の時間だ。ここでようやく一息つくことができる。一人食堂で昼食が用意されるのを待っていると、後からやって来たお父様が声をかけてきた。そしておもむろに懐から手紙を取り出した。


「ユリウス、王都から手紙が来てな。どうやらお前が作った冷温送風機が王都の貴族たちの目に留まったらしい。それでどうやら、王都での生産が間に合わないそうだ」


 そう言って手紙を俺に差し出した。差出人は国王陛下。何だか胃が痛くなってきたぞ。内容をザッと確認すると「生産が間に合わないから作って届けてくれないか」とのことだった。


「領内の魔道具師たちも作っていますし、そちらを王都に回してはどうでしょうか?」


 そうすれば魔道具師たちももうかるし、彼らが納める税金でハイネ辺境伯家も潤う。そして俺も作らなくて済む。良いのではなかろうか? 良い考えだと思ったのだが、お父様は顔を曇らせて、眉間にシワを寄せている。


「そうか、ユリウスは知らないのか。領都でも冷温送風機の魔道具は人気でな、予約待ちしている状態なのだよ」

「οh!」


 知らなかった。まさかそんなことになっていただなんて。確かにそんな情報は俺のところには入って来てないな。もしかすると、その情報がロザリアに伝わらないようにしているのかも知れない。


 そんなことがロザリアに知れれば、きっと自分が足りてない冷温送風機を作ると言うだろう。どうやらそうはしたくないようである。俺とお父様の二人のときにこの話を持ち出したのはそう言うことなのかも知れない。


「大量に作って送る必要はない。時間があるときで良いので作って欲しい。もちろん報酬は出すぞ?」

「分かりました。その条件で良いのならばお引き受けします」

「すまんな、王家の依頼を無下にするわけにもいかないのでな」

「心中お察しします」


 国と俺との間に挟まれたお父様も大変だな。別に俺に命令すればそれで済むはずなのに、お父様には俺に対する遠慮がある。そんなに俺って怖いかな? ちょっと傷つくぞ。

 俺たちが話し終わったころにはお兄様たちもやって来ていた。


「ユリウス、また厄介事かい?」

「アレックスお兄様、その言い方はひどいですよ」


 アレックスお兄様がイイ笑顔をこちらに向けた。ぐぬぬ、自分のことじゃないから好き勝手に言いおってからに。

 現在アレックスお兄様は、お父様の下で補佐をしながら領地運営についての勉強中だ。間違いなく俺よりも大変な思いをしていることだろう。ならばこのくらいのからかいは許してあげるとしよう。


「それだけユリウスが頼りにされているってことさ。俺もユリウスを頼りにしてるからね」

「えー」

「何だ、その反応は。俺には力を貸してくれないってことかい?」

「冗談ですよ、冗談。もちろんできる限りの力を貸しますよ」

「言質は取ったからね?」

「え」


 何だろう、アレックスお兄様の笑顔が怖いんだけど。でもできる限りだからね。何でも力になるとは言っていない。


「ユリウスが頑張ってくれているから、俺は楽できそうだな。学園を卒業したら俺、冒険者になるんだ」

「カイン、キミも手伝うんだよ。カインは王立学園を卒業したら、ハイネ辺境伯家の騎士団に入隊して、騎士団を引っ張ることになるんだからね。剣術に才能のあるカインには期待してるよ」

「えー」

「……俺ってそんなに人徳がないのか?」

「じょ、冗談ですよ、アレックスお兄様」


 本気で凹みだしたアレックスお兄様を俺とカインお兄様の二人がかりで励ますことになった。

 表には出していないが、アレックスお兄様の肩には徐々に重圧がかかって来ているのかも知れない。何と言っても領民たちの命がのしかかっているからね。もし俺がお兄様と同じ立場なら、それに潰されていたかも知れない。

 その負担を軽減するべく、俺も頑張らないといけないな。

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