第108話 好き

 俺が追加の小瓶を作っているのをファビエンヌ嬢がジッと見ている。手元を見ていると思いきや、ときどき俺の顔も見ているような気がする。さすがに手元に集中しなければならないので、確認することはできなかった。


「よし、これでファビエンヌ嬢が作った化粧水を、すべて移し替えることができるはずですよ。さっそく移し替えましょう!」

「ユリウス様は本当に器用ですよね。どうやってガラスを加工しているのですか?」

「あー、これは……」


 どうしよう、たぶんこの世界にはスキルという概念がないんだよね。いつも通り、何となくでごまかすか?


「魔道具を作っているときに偶然できるようになったのですよ。魔力を流して変形させる、みたいな?」

「魔力を流して変形させる……」


 ファビエンヌ嬢がうつむいて考え込んでいる。そんなに深く考えなくても良いのに。「そんなこともできるんですわね」で済ませてもらえれば良かった。あ、もしかして。


「ファビエンヌ嬢も小瓶を作ってみたいのですか? 魔法薬は入れる容器も必要になりますからね。自分で作れるようになっていても損はないと思いますよ。魔法薬によっては専用の容器に入れる必要がありますからね」

「そうなのですね。ユリウス様は博識ですわね」

「ええと、そうお婆様に教えてもらいました」


 ポリポリと頭を指でかきながら答えた。申し訳ありません、お婆様。勝手に何もかもお婆様のせいにしてしまって。でも、それでほとんどが片付くから便利なんですよ。本当にごめんなさい。

 興味がありそうなファビエンヌ嬢にその辺りで売られている小瓶を渡した。


「こうやって小瓶を持って『形が変われ!』って念じるんですよ」

「え? ええ、分かりましたわ」


 少しだけ目を見開き、困惑した表情をするファビエンヌ嬢。それでも俺の謎の指示に従って「形が変われ!」って言っていた。かわいい。でもウソではない。スキルは何となく使えるようになるので、感覚でつかむしかないのだ。


 俺はしっかりとファビエンヌ嬢が持っている小瓶を見つめた。どうやらまだ疑いが強いみたいで、うまく魔力が流れてないな。コツをつかむまでには時間がかかるだろうし、焦らずじっくりと行くとしよう。


「ふふふ、何事も練習あるのみですよ。その小瓶は差し上げますので、何度も練習してみて下さい。大丈夫、必ずできるようになりますよ。さあ、化粧水を小瓶に移して完成させましょう」

「そうでしたわね。忘れてましたわ」


 ほほを赤くしてちょっと舌を出したファビエンヌ嬢。どうやらすっかり忘れていたようである。ちょっと照れた様子も、はいかわいい。

 そんな調子で化粧水を移し替えたり、小瓶を変形させようとしたりしていると、あっという間にファビエンヌ嬢が帰る時間がやって来た。


「お嬢様、そろそろ屋敷に戻るお時間ですよ」


 ファビエンヌ嬢が連れてきた使用人がそう言った。窓から見える日の光は、もうすぐ夕暮れになることを告げていた。もうそんな時間か。あっという間だった気がする。


「もうそんな時間ですか? あっという間でしたわね」

「そうですね、あっという間でしたね」


 俺たちは顔を見合わせて笑った。どうやら同じ気持ちだったようである。ちょっとうれしい。魔法薬を入れる小箱にファビエンヌ嬢が作った化粧水の小瓶を入れ、帰る途中で割れないように緩衝材としての藁を敷き詰めた。ハンドクリームは割れないので小さな袋にまとめている。それを使用人に手渡すと、俺は玄関まで彼女をエスコートした。もちろん白衣は脱いでもらっている。


「今日は本当にお世話になりましたわ」

「いえいえ、とんでもない。楽しい時間を過ごさせてもらいましたよ。先ほども言いましたが、いつでも作りに来て下さいね」

「ええ、そうさせていただきますわ」


 ファビエンヌ嬢が笑顔を浮かべて馬車に乗り込んだ。俺はそれを見えなくなるまで見送っていた。さて、後片付けをしないといけないな。お母様の分だけでなく、使用人たちの分も追加で作っておく必要があるかな。


「お兄様」

「キュ」

「ロザリア? 帰っていたんだね」


 振り向いたその先にはロザリアがミラを抱えて立っていた。いつの間に帰って来ていたのか。全然気がつかなかったよ。使用人も教えてくれれば良かったのに。


「お兄様、何だかうれしそうですわね」

「え、そうかな? まあ、同士ができたのでうれしいかな?」

「好きなのですか?」

「キュ?」

「え?」


 好き? えっと、ファビエンヌ嬢のことだよね。好きか嫌いかで言えば好きなのかも知れない。いや、好きなのか? どっちなんだ? そう言えば、クロエやキャロよりも意識しているような気がする。何だか好ましく見えているのは確かだ。これはやっぱり好きなのか?


「お兄様、考え込んでいますわね」

「キュ」


 だってしょうがないじゃないか。でもまだ八歳だしなぁ。とは言え、この世界の貴族の子供はずいぶんと大人びている。たぶん、小さい頃から家庭教師がついて勉強しているからだろう。なので、子供だからと言って侮ってはいけない。立派なレディーとして扱わなければならないのだ。


「そう言えば、ロザリアの方はどうだったんだい? 楽しかったのかな?」

「楽しかったですわ。エドワード様が開発している魔道具を見せてもらって、一緒に作りましたわ」


 すごくイイ顔でロザリアが言った。その顔はやりきった感がある。それは良かった。色んな意味で。このまま仲良くしてくれれば、ロザリアも魔道具師として続けていくことができるだろう。


「それは良かった。それじゃ、家に入ろう。もうすぐ夕食の時間になるからね。俺は調合室を片付けないといけないから、二人はゆっくりしてなさい」


 そう言ってロザリアを家の中に促した。よしよし、これで何とかごまかすことができたぞ。ミラがジッとこちらを見ているのが気になるけど。


「それでお兄様、どうなのですか?」

「キュ」


 どうやらごまかすことはできなかったようである。

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