第107話 魔法薬師仲間を作ろう

 化粧水が無事に完成したのでちょっと休憩をすることにした。もちろん場所はこんな殺風景な調合室ではなく、近くのサロンである。

 お茶会などで使うハイネ辺境伯家一のサロンではないが、落ち着いた雰囲気のある、大人用のサロンである。個人的には結構好きな場所である。静かに本を読むことができるからね。


「どうですか? それほど難しくはなかったでしょう?」

「そうですわね。思ったよりも難しくない感じはしましたわ。でもそれはユリウス様が隣で丁寧に教えてくれたからだと思いますわ。私一人だったら、こんなに簡単に作ることはできなかったと思います」


 おおう、なかなか冷静に周りを見ているな。ロザリアなんて、初めて魔道具を作ったときは興奮しすぎて周りが見えていなかったからね。でもそのおかげで、さらに魔道具に興味を持つようになったんだけどね。ファビエンヌ嬢はそこまでの気持ちの高まりはなかったのかな?


「差し上げた化粧水とハンドクリームはどうでしたか?」

「……大変でしたわ」

「大変?」


 え、一体アンベール男爵家で何が起こったんだ? 目を伏せたファビエンヌ嬢がフウと一息ついた。


「評判が良すぎて、すぐになくなってしまいましたわ」

「ああ……それならたくさん渡しておけば良かったですね」


 どちらも一つずつしか渡してなかったからね。ファビエンヌ嬢だけが使うと思っていたのだが、どうやら彼女は他の人にも提供したようだ。その結果、すぐになくなってしまったのだろう。


 どうやらファビエンヌ嬢は自分が独占するよりも、みんなに喜んでもらう道を選んだようである。そのせいでアンベール男爵は騒ぎになったみたいだけど。


「お母様も大変気に入っておりましたわ。何でも、最近肌の張りがなくなってきたと感じていたみたいで……それが戻って来たみたいで喜んでましたわ」


 男爵夫人も美しさを保つために苦労しているんだな。きっと俺のお母様も日頃からたゆまぬ努力をしているのだろう。お母様にもプレゼントしてあげようかな? いや、大騒ぎになって忙しくなりそうだからやめた方が良いかも知れない。


「それなら、追加でいくつか作りましょう。ハンドクリームも多めに作った方が良さそうですね。なくなったら、またいつでも作りに来て下さい。歓迎しますよ」

「よろしいのですか? お邪魔になったりするのではないですか?」

「そんなことはありません。大歓迎ですよ」


 俺の自称イケメンスマイルにファビエンヌ嬢の顔が赤くなった。どうやら自称ではなく、マジイケメンスマイルだったようである。異世界ってスゲー。

 これで定期的にファビエンヌ嬢が作りに来て、魔法薬に対する興味をますます持ってくれれば御の字である。念願の魔法薬仲間を手に入れたぞー!


 休憩が終わると、次はハンドクリーム作りに入った。今度は何個か作るので、材料は多めにしてある。作り方を教えながら、俺はその隣でハンドクリームを入れる金属製の容器を追加で作っていた。


 容器の蓋には浮き彫りで花の模様をあしらっていた。全部ファビエンヌ嬢にあげるつもりなので、模様は全部違うものに仕上げていた。


「ユリウス様、器用ですわね……」


 俺が作り上げた容器を見て、ファビエンヌ嬢がそう言った。隣で俺が簡単そうに作ったので、驚きを隠せなかったようである。いや、これは驚いているというよりも、あきれているのかも知れない。


「いやぁ、魔道具を作るときに身につけた技術ですよ。大したことはありませんよ」


 アハハと笑ってごまかす。ファビエンヌ嬢はどう答えたら良いのか分からない様子で、眉をハの字に曲げていた。

 出来上がったハンドクリームを容器に詰めていく。全部で五つ完成した。


 次は再び化粧水作りに入る。追加でいくつか作っておけば、しばらくは大丈夫なはずだ。ファビエンヌ嬢は早くも慣れた手つきで化粧水を作り始めた。ハンドクリームも作ったことで、調合するのにも慣れて来たのだろう。


 俺はもちろん、その隣で化粧水を入れるビンを作っていた。もちろん花柄をあしらった小瓶である。模様も一つ一つ違うというこだわりようだ。しかし、ファビエンヌ嬢がチラチラとこちらを見ており、集中力が散漫になっていたようなので、途中で作るのをやめた。


 集中力が散漫になったことで事故など起こったら困る。まずはファビエンヌ嬢の安全第一だ。その代わりと言っては何だが、ファビエンヌ嬢が化粧水を作るのを一緒に手伝った。


「魔法薬もこのようにして作るのですか?」

「基本的には同じですよ。先ほども言いましたけど、これも魔法薬と言えば魔法薬ですからね。ファビエンヌ嬢はすでに魔法薬を作っていると言っても良いと思いますよ」

「私が魔法薬を作ってる……何だか不思議な気分ですわ。私は何もできないと思っていましたのに」


 ファビエンヌ嬢が目を伏せた。何もできない? そう言えば確かに、この世界の貴族の女性は、将来結婚して家を守ることになるため、何か特殊な技術を身につけるようなことはしないな。


 きっとファビエンヌ嬢も自分はそうなると思っていたのだろう。結婚して、家庭を守って、ただそれだけ。お母様みたいに、そこに価値を見いだして生き生きとしている人もいれば、ファビエンヌ嬢みたいに、疑問を抱く人もいるのだろう。


「何もできないだなんて、そんなことはありませんよ。ファビエンヌ嬢も将来は、私のお婆様みたいに、高位の魔道具師になるかも知れないじゃないですか」


 敢えてお婆様のことを例に挙げた。確かにお婆様のように、家庭を守る以外の技能を持った貴族の奥方は少ない。だが、ゼロではないのだ。俺としては「せっかく生きているのだから、やりたいことをやった方がいいじゃない」という感覚の方が強い。この世界では異端な考え方かも知れないが。


「そう……ですよね」


 そう言いながらこちらを向いたファビエンヌ嬢の目には、ようやく雪解けを迎えた、春の日差しのような暖かさと明るさがあった。きっとずっと悩んでいたんだろうな。自分の存在について。


「そうですよ。ファビエンヌ嬢ならきっと、あなたがすべきことを見つけることができますよ」


 力強くそう言って笑った。

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