第109話 冬に備えて
ロザリアに問い詰められた俺は答えに窮した。好きだと言えば、ロザリアの口から両親やお兄様たちに伝わることになるだろう。その結果どうなるのかは予測がつかない。それならば今の所はごまかしていた方が良いだろう。
「そうだねぇ、ロザリアとミラと同じくらいに好きかな?」
「それなら大好きってことですね!」
「キュ!」
どうしてそうなった。君たちのその自信はどこから来るのかな? これはもしかして、答えに間違ってしまったかな? でもまあいいか。聞かれたら同じことを言えば良いのだ。それなら「みんなと同じくらい好きだ」と受け取ってもらえるだろう。
その後はエドワードが遊びに来たり、ファビエンヌ嬢がお礼のお菓子を持って来たりして時間は流れて行った。
そしてついに、家族が王都から帰ってくる日が近づいてきた。
「明日には到着するみたいだよ。しっかりと迎える準備をしないとね」
「分かりましたわ。新しい魔道具をサロンに並べて準備して置きますわ!」
「いや違うから。魔道具の自慢とかまだしなくても大丈夫だから」
まだしなくてもいいと言うか、別にわざわざやらなくてもいいと言うか。何だか嫌な予感がするんだよね。何と言うか、また何かやらかしてしまっている予感がする。
温室の改造に加えて、散水器や植物栄養剤、化粧水にハンドクリーム。一月半の間にやり過ぎたか? 今では使用人の顔も手もピカピカになってるし、まずいかも知れん。「苗木をポンと大きくした件」については、間違いなくお父様に呼び出されるだろう。
「残念ですわ。それではサロンのお片付けをして置きますわ」
ロザリアが普段は作業場として利用しているサロンの方へと向かって行った。うん、それがいいと思うよ。これは何としてでも工作室を確保する必要があるな。あまり使わないサロンだとしても、鉄板やネジ、釘や配線なんかが散乱しているとまずいだろう。お母様が悲鳴を上げる。
気になった俺はロザリアを追いかけて片付けを手伝った。使用人たちも手伝ってくれた。どうやらロザリアに作業中は触るなと言われていたらしい。気持ちは分かる。でもちょっと散らかし過ぎなのでは? 片付けるのにそれなりに時間がかかってしまった。
「ミラもキレイにする必要は――なさそうだね」
「キュ?」
ミラの毛並みはいつもツヤツヤのサラサラである。それもそうか。俺やロザリア、マルスさんが代わる代わるブラッシングしてるからね。あの毛並みは癖になる。ミラもブラッシングを嫌がる様子もないし、案外気に入っているのかも知れない。
こうして準備を整えている間にみんなが帰ってくる日がやって来た。ちょうど三時のおやつの時間に差し掛かろうとした頃に馬車が到着した。玄関近くのサロンにいた俺たちはガシャガシャという音を聞いてすぐに向かった。
「お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ」
「キュ」
俺とロザリアは声をそろえて出迎えた。ロザリアの腕の中にはミラが大人しく抱かれている。馬車から次々と家族が降りて来る。疲れた様子ではあったが、みんな元気そうである。
「ただいま。問題はなかったみたいだな」
「はい。何も問題はありません」
お父様の質問に笑顔で答えた。あれ? お父様が苦笑しているぞ。あの顔は信じていない顔だ。間違いない。俺たちが屋敷の中に向かう後ろでは使用人たちが馬車から荷物を運び出していた。
挨拶もそこそこに、すでにお茶の準備が整ってあるサロンへとみんなを誘導する。そこはもちろん、屋敷で一番のサロンである。俺たちが到着すると、すぐに使用人が温かいお茶をいれてくれた。
「王都のタウンハウスも良いが、やはり領都の屋敷が一番落ち着くな」
「そうですわね。あら、おいしいお茶ね」
お父様とお母様の表情が柔らかくなった。出されたお茶はファビエンヌ嬢が持って来てくれたお茶だ。彼女のお気に入りのお茶と言うだけあって、非情においしいのだ。俺も愛飲している。
「二人とも何事もなかったかい? 王都ではしばらく聖竜様のことで騒がしくなって大変だったよ。タウンハウスにもひっきりなしに来客があってね。先に領都に帰って正解だったと思うよ」
そのときのことを思い出したのか、アレックスお兄様が苦笑いを浮かべている。その隣に座っていたカインお兄様も同じような顔をしていた。まあ、そうなるよね。
「学園でも散々聞かれたよ。見てみたいって言う人も結構いたから、来年の夏は忙しくなるんじゃないかな?」
う、早くも嫌な予感がする。でもその辺りはきっとお父様が何とかしてくれるはずだ。夏の避暑シーズンはハイネ辺境伯領では競馬が盛んに開催されて領都も潤う期間だ。そこを逃すようなことはしないだろう。
ん? さっきからお母様がお茶をついだり、お菓子の補充をしたりする使用人の手をチラチラと見ているな。
その可能性を考慮してお母様の視線をチェックしていた俺じゃなきゃ、きっと見逃していたね。こんなこともあろうかと、俺は準備していた物をお母様の前にスッと差し出した。
「お母様、これはお母様へのプレゼントです。化粧水とハンドクリームを作ってみました。使用人たちにも使ってもらっているのですが、なかなか好評なんですよ」
俺は無邪気な笑顔をお母様に向けた。お母様も素敵な笑顔をこちらに向けて来た。どうやら合点がいったようである。危ない、危ない。秘密にしておこうとしていたら、あとで恐ろしい笑顔で詰め寄られるところだった。
「ありがとう、ユリウス。さっそく使わせてもらうわね」
「そんなものも作ることができるようになっていたのか。ふむ、確かに王都で雇っている者たちよりもキレイな肌をしているような気がするな」
イケメンのお父様に見られてモジモジする使用人。ワオ、あとが怖そうだぞ。俺のせいじゃないからね、お母様。俺はお母様の顔をなるべく見ないようにして、カインお兄様に話を振った。
「カインお兄様は来年から王都の学園に通うのですよね? 王都の生活には慣れましたか?」
「大丈夫だよ、ユリウス。王都にいる間に友達を作って、一緒に出かけたりしていたからね。来年から一緒に学園に通うのが楽しみだよ」
どうやら本当に楽しみにしているようで、実に良い笑顔をしていた。どうやらカインお兄様は王都でリア充な生活をしていたようである。俺は何も聞いていないが、思いを寄せる人でもできたのかな? それとなく聞き出してみたいところだが、やぶ蛇になりそうな気がする。「お前はどうなんだ?」と聞かれたらちょっと困る。
それよりもアレックスお兄様はどうなったのかな? ダニエラ様にするのかな?
「お母様、お兄様と一緒に新しい魔道具を作りましたのよ。あとでお見せしますわ!」
「あら、そうなのね。楽しみにしておくわ」
お母様はロザリアをなでながらそう言った。そしてついでとばかりに、ロザリアと一緒にいるミラの頭をなでていた。気持ちよさそうにするミラ。それをガン見しているアレックスお兄様とカインお兄様。どうやらお兄様たちもミラをなでたいようである。人気だな、ミラ。冬の間はミラの話題で持ちきりになりそうだな。
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