第105話 アウト? セーフ?

 三人娘を代表して、ファビエンヌ嬢が化粧水の入った小瓶を開けた。このビンは俺が『クラフト』スキルで加工した、見た目も楽しめる容器である。フタの部分には鳥が羽を休めている様子が装飾されている。


 使用人に用意してもらったハンカチに、ほんの少しだけ化粧水をつけた。それを試すように腕の一部につける。まずは肌に影響がないかを見ているようだ。確かに、いきなり顔につけるのは不用心過ぎるよな。


 だれかに指示されなくてもそういった細かい配慮ができるのは、魔法薬師に向いてると言えるだろう。魔法薬は作るだけじゃなくて、使ってくれる人のことを第一に考えなくてはならない。その点、ファビエンヌ嬢は合格だな。


 ファビエンヌ嬢の腕に注目が集まっている。俺が試しに使ったときと同じ、いや、そのとき以上に艶やかになっているような気がする。ファビエンヌ嬢はしきりにその箇所を触っていた。

 俺の視線に気がついたのか、ファビエンヌ嬢がこちらを向いた。


「あの、触ってみますか?」

「え? ああ、うん、そうだね。触ってみようかな?」


 そして手を伸ばしたところで気がついた。まだ子供とはいえ、女性の腕を触って良いものなのか。幼なじみとか、兄妹とか、婚約者とかならまだ分かるけど、そんな関係じゃないよね? でも今から「やっぱ辞めた」というわけにも行かないだろう。ええい、ままよ。


 俺はそのままファビエンヌ嬢の腕を触った。陶器を触ったようなスベスベの感触。そういえば艶やかになるのは確認したが、触り心地は確かめてなかったな。こんなにスベスベになるのか。効果は「小」なのに。これが「大」だとどうなるんだろう。若返ったりするんじゃないのか?


「あの、どうでしょうか?」

「すごく、スベスベです」


 俺の率直な感想を聞いたファビエンヌ嬢の顔が真っ赤になった。あ、いかん。その顔を見たこっちも何だか顔が熱くなってきたぞ。


「私も触ってみても良いですか?」

「私も触ってみたいです」


 ナタリー嬢とメリッサちゃんが俺の後に続いた。そして触り心地を確かめたあと、自分たちの腕にも化粧水をつけていた。

 三人とも肌にかぶれや、赤くなったりなどの反応はなかった。問題なしのようである。


「顔にもつけてみたいのですが……」

「ああ、それだったら、この化粧水を差し上げますよ。家で試しに使ってみて下さい」


 そう言って三人に化粧水を差し出した。それを大事そうに三人が受け取った。よしよし、これで少しは魔法薬に興味を持ってもらえたかな?


「あの、これはどなたが作ったのですか?」

「この化粧水を作ったのは私ですよ」

「これは魔法薬ではないのですか?」

「魔法薬の一種だと思いますが、この国の魔法薬の分類では、化粧品は魔法薬に入らないのですよ」


 魔法薬について調べているときに分かったことなのだが、ハンドクリームや化粧品、石けんなどの日用品は魔法薬に分類されないのだ。どうやら、多くの人が日常的に使うものは、需要の多さもあって、解放されているらしい。


 それもそうか。魔法薬師でなければ作ることができないとなれば、とても需要を満たすことができないからね。そのため、俺が魔法薬に興味を持ってもらうために作った化粧水やハンドクリームは、法の抜け穴をついたようなものだった。


「そうだったのですね。それでは私でも作ることができるのですか?」


 食いついた! ファビエンヌ嬢が食いついたぞ。いや、ファビエンヌ嬢だけじゃない。ナタリー嬢もメリッサちゃんもこちらを見ている。


「もちろん作ることができますよ。それなりの設備は必要ですが、必要な素材はすぐに手に入りますからね。ファビエンヌ嬢の庭では確か、薬草も育てていましたよね? それならば良い化粧水が作れると思いますよ」

「作るのは難しいのではないですか?」


 ナタリー嬢が眉をひそめて聞いてきた。ここで興味を一気にたぐり寄せれば、念願の魔法薬仲間が増えるぞ。


「基本的には水を加熱するだけで作ることができますよ。あとは薬草などの素材を入れるころ合いを間違えなければ大丈夫です」


 ふんふん、と三人娘がうなずいている。勝ったな。その後は三人に作り方の手順を話した。もちろん堅い話にならないように、蒸留水の作り方や、薬草やハーブの乾燥のさせ方、それを使ったハーブティーの作り方なども話した。大いに興味を持ってくれたようである。


 プレゼントした化粧水とハンドクリームの効果を実感してくれれば、もう手放せなくなるはずだ。そのままの勢いで化粧品を作るようになって、そのまま魔法薬の沼に……何だか悪徳商法をしているみたいだが、これも魔法薬の未来のためだ。そのためには心を鬼にしなければ。


 三人と大いに話が盛り上がったところで、ハイネ辺境伯家のお茶会は終了の時刻を迎えた。魔道具チームも盛り上がっていたようで、その間を行き来するミラはあっちに呼ばれ、こっちに呼ばれと忙しそうだった。


 新しく作った散水器の魔道具はエドワードが実にイイ顔をして庭に水を撒いていた。使い方はロザリアが説明したようである。その後はビリーとプラトンが代わる代わる水を撒いていた。

 みんなが帰ったところで、ロザリアとミラを連れてサロンに戻った。サロンのソファーにだらしなく座る。神経を使い過ぎたのか、妙に疲れている。


「思ったよりも疲れたな。まあ、無事に終わることができたから良かったよ」

「そうですわね。私もいっぱいお話ができて楽しかったですわ」


 庭を見ると、使用人たちが後片付けをしていた。本当にご苦労様でした。あとでお菓子の差し入れでもしておくとしよう。いや、化粧水の方が良いかな? 後ろで控えていた使用人たちが、猛禽類のような目で見ていたんだよね。


「お兄様、今度、エドワード様のところに遊びに行っても良いですか?」


 ロザリアが笑顔で聞いてきた。お、これはもしかして、もしかするのか? このような話を俺に振ってくると言うことは、きっとエドワードから家に来ないかと言われたのだろう。


「もちろん構わないよ。相手の家に迷惑をかけないようにね」

「もちろんですわ」


 これで少しは兄離れができるようになるかな? 寂しくなんかないぞ。俺にはミラがいるからね。だらしなくソファーに座る俺の上に、ミラが乗っかってきた。そんなミラの頭をなでてあげる。

 あれ? 何かミラ、湿ってね?

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