第96話 植物栄養剤
地主から話を聞くために先ほどの地主の屋敷まで戻った。数人の騎士たちには禿げ山の調査を引き続き行ってもらっている。屋敷のテーブルに座ると、眉間に深いシワを寄せ、普段よりも高く眉をつり上げたライオネルが地主をにらんだ。地主が縮み上がった。
「どういうことだ?」
「そ、そ、それが、五年ほど前から、薪の需要に供給が追いつかなくなりまして……」
「そうなった場合、すぐに連絡するように言っていたはずだが?」
さらに縮む地主。もちろんこれはハイネ辺境伯家も悪い。相手からの報告を真に受けて、実際の状態を調べなかったのだから。しっかりと薪の売れ行きを確認しておけば、こんな事態にはならなかったはずだ。
だがしかし、ハイネ辺境伯家から見えないようにしていたとは、悪意があったとしか思えないな。せめて隠すようなことさえしなければ良かったのに。
「このことが発覚すると、山を取り上げられると思って……」
「その程度のことでは山を取り上げることなどしないよ。対策を考えるまでだ。だが、今回は悪質だ。厳しい処置と取らざるを得ないね」
「そ、そんな……」
地主はうなだれている。ライオネルも当然の処置だと思っているのか、深くうなずいている。地主の処分はあとで考えるとして、今は禿げ山をどうするかだな。このままだと生態系が崩れて、不毛な場所になってしまう。それだけは何とか防がなくてはならない。
「一時的に薪は他から買い入れるしかないな。その間に植林して、山を再生するしかないだろう」
「すぐに調査に向かった騎士たちが戻ってくるでしょう。その報告を聞いてから考えましょう」
「そうだな」
その後は地主の処分について話し合った。当然、この山は当分の間、ハイネ辺境伯家が直接管理することになった。地主の一家と作業員はそのまま雇うことになる。処分としては甘いが、山を管理する人手は必要だ。それに、正式な処分はお父様がする案件である。俺の一存ではさすがに総入れ替えをするのは無理だった。
騎士たちが戻って来た。報告を受けると、かなり厳しい状態であることが分かった。
山には一応、木の苗木が植えてあったそうである。だが、植えた時期が遅かったのか、もうすぐ冬が来ると言うのに、成長の度合いが良くないそうだ。このままでは冬の間にほとんどが枯れてしまう可能性があるらしい。これはまずい。
「おい、どうしてこんなことになってるんだ?」
「そ、それが、苗木の生育が悪くて、この時期まで植えることができなかったのですよ」
「それなら来年の春に回しても良かったんじゃないか?」
「……」
これはダメだな。俺はお父様に地主の交代を進言することに決めた。
今後、一切の伐採を禁止して、俺たちは帰路に就いた。帰ってからやることが山積みだ。まずは本格的な冬を迎える前に、薪を他の領地から購入しなければならない。この時期は他の領地も薪の確保に忙しいはずだ。うまく手に入るかな? 考えるだけで頭が痛い。
そして頭が痛い問題はもう一つ。苗木の件だ。さいわいなことに、冬が本格化するまではもう少し時間がある。その間に何とかせねば。
「よし、植物栄養剤を作ろう」
「植物栄養剤? 何ですかな、それは?」
俺のつぶやきを拾ったライオネルが尋ねてきた。名前からして、魔法薬であることには気がついているだろう。
「植物の生育を助ける効果がある魔法薬だよ。これを使えば、苗木の生育を加速することができるはずだ。もう少し大きくなれば、冬に耐えられる苗木も増えるはずだ」
「確かにそうかも知れませんが、そのような魔法薬があるのですか?」
「それが、あるんだよライオネル。お婆様から受け継いだ魔法薬の本に書いてあってな」
もちろん、ウソである。そんな記述は一切ない。だがそこに俺が作り方を書き込めば、あら不思議。すでに植物栄養剤という魔法薬がこの世界にあったかのようになるのだ。
素晴らしい、実に素晴らしいぞ、魔法薬の本。偽装工作に最適だ。
「おお! さすがはマーガレット様。このような事態になることも想定していたのでしょうか?」
「た、たぶんね」
やめて、ライオネル。そんなキラキラした目で俺を見ないで。心に来るから。
魔法薬に必要な素材はそろっている。薬草にチーゴだ。それに蒸留水。俺は急いで騎士たちに先ほどのトゲがたくさんついた木の実をたくさん拾ってくるように指示した。
「お兄様、お帰りなさいませ!」
「キュ!」
屋敷に着くとロザリアとミラが飛びついてきた。半日ほどしか離れていなかったのだが、もう寂しかったのかな? 二人をなでてから一休みすると、すぐに薪の手配を始めた。王都にいるお父様に向けた手紙も書いた。これであとは魔法薬作りに専念することができるぞ。
三時のおやつのころになると、騎士たちが大量のチーゴの実を持って来てくれた。これなら十分な量を作ることができるはずだ。余った実は魔力回復薬を作るのに使おう。
「ロザリア、俺は今から魔法薬調合室にこもるけど、どうする?」
「ここで魔道具を作ってますわ」
ロザリアは俺がいない間にも色々と試作品を作っていたようである。設計図はほとんど出来上がっているので、あとは色々と試行錯誤するだけだ。頑張れロザリア。俺は魔法薬作りに専念するから。
「ミラはどうする?」
「キュ」
どうやらロザリアのところにいるようだ。まさかロザリア、ミラに変なことを吹き込まなかったよね? 魔法薬を作るときにすごい匂いがするとか、目が痛くなるとか。まあいいか。邪魔者がいなくて良かったと思うことにしよう。だけど涙が出ちゃいそう。そんなに嫌か。
調合室に入るとすぐに蒸留水の準備に取りかかった。まずはこれを大量に作らなければいけない。お婆様の調合室にあった装置は最新式だった。だがしかし、蒸留装置には冷却装置がついていなかった。
「何で冷却装置がついてないんだよ! 効率が悪いだろ! あ、そう言えば、蒸留水じゃなくて、ただの井戸水を使って魔法薬を作っていたんだっけ。それじゃ、冷却装置なんて開発される分けないか」
どうする? 自分で冷却装置を作るしかないのか? どうやらそうするしかなさそうだな。俺は急いで適当な魔道具の材料を持って来ると、冷却装置を作った。
構造自体は簡単だ。箱の中で冷やした水を細い管に流し、それを水蒸気が通過するガラス管に巻き付けるだけである。
細い管はガラス製で、『ラボラトリー』スキルと『クラフト』スキルを駆使して作成したインチキアイテムである。この世界の住人が再現できることを願うばかりだ。これはこの冷却装置は他の人には見せられないな。
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