第95話 クレール山の危機

 ハイネ辺境伯家には大きなダンスホールがある。辺境伯領はだてじゃない。土地だけは有り余っているのだ。そのため、屋敷は広いし、部屋も大きい。そして当然、ダンスホールも大きいのだ。


 屋敷の敷地内には騎士たちが暮らす宿舎も入っているし、今さらながら本当に大きいと思った。そんなことを思ったのはきっと、これだけ大きなダンスホールの中でポツンと練習しているからだろう。


「二人とも、まだまだリズムが合っていませんよ。もう一回。それではパートナーをガッカリさせてしまいますよ」


 そう言うと先生が再び手拍子を始めた。この先生、スパルタなんだよね。ロザリアの目に色がなかったのはマナー講習のダメージだけでなく、ダンスの練習のせいだったのかも知れない。


 俺も頑張って練習するが、いかんせんゲーム内ではダンスというイベントはなかった。そのため、ダンススキルなんてものは習得していない。運動神経は悪くないと思うんだけどな。今一リズムに乗れない。


 そんな感じで二人そろってしごかれた。練習が終わった頃には心も体も疲労困憊だった。何とか先生にお礼を言って玄関から送り出すと、俺たちはその場でへたり込んだ。


「キュー!」

「ど、どうされたのですか、お二人とも!」


 その様子を見たミラとマルスさんが俺たちに駆け寄ってきた。心配そうに俺とロザリアに頭突きするミラ。ちょっと痛いが、愛情表現だと思っておこう。


「マルスさん、ちょっとダンスの先生に絞られましてね……」

「心中お察しします」


 マルスさんが遠い目をしていた。これはあれだな。マルスさんはダンスが苦手なタイプだな。ダンスの時間はマルスさんにミラを預けていたのだ。さすがにミラを抱いた状態ではダンスはできないからね。


 そのままミラとマルスさんを連れてサロンへと向かった。俺たちがサロンに移動していることを察した使用人たちが、先回りしてお茶の用意をしてくれていた。


「あー、生き返る。ロザリアも生き返った?」

「まあまあですわ」


 こりゃ死んでるな。普段、ずいぶんと甘やかされて育てられているから、かなりのダメージを受けているようだ。ロザリアももう六歳。そろそろ甘やかしモードから、アメとムチモードに切り替えた方が良いのかも知れない。


「マルスさん、何かミラのことで発見はありましたか?」

「ええ、もちろん。このモフモフは素晴らしい!」


 ああ、これはダメそうですね。ミラの「人をダメにするモフモフ」に完全に捕まっている。そこから抜け出す術はないだろう。ミラの生態調査が無事に終わることを祈るばかりだ。きっとマルスの手記にはひたすらモフモフ具合について書かれるんだろうなぁ。


「ユリウス様、こちらにいらっしゃいましたか」

「どうしたんだ、ライオネル?」

「クレール山の管理者から手紙が来ましたよ」

「来たか」


 俺はライオネルから手紙を受け取ると風魔法で封を切った。斬! ただの風魔法の無駄遣いである。ペーパーナイフで切れよ、みたいな目でライオネルが見ている。一度やってみたかったんだよ。許して。


「なになに……どうやら視察に行っても良いみたいだな。だが、見学する場所はこちらが指定する、か。こりゃ何かを隠してるな」


 そう言いながらライオネルに手紙を渡した。怪しい。これは不正を隠すヤツらがする手口だぜぇ。手紙を渡されたライオネルも渋い顔をしている。


「確かに怪しいですな。視察に行くときは、護衛兵の数を増やしておきましょう」

「そうだね。普段の三倍くらいにして、圧をかけるとしよう。クックック……」

「お兄様が悪の笑い声を上げていますわ」

「キュ」


 あ、危険がある可能性があるから、二人は連れて行かないからね。君たちはお留守番組だ。汚いことをするのは俺一人で十分だ。


 その後はライオネルと打ち合わせをして、ロザリアとの約束通りに魔道具作りの話に入った。もちろん研究者のマルスさんも加わった。有意義な話ができたと思う。

 夜の時間はお茶会の招待状を書いておいた。しばらくは忙しくなりそうだぞ。




 翌日、朝食を済ませ、昨日書いた招待状を届けるように使用人に頼むと、騎士団を引き連れてクレール山へ向かった。

 相手から届いた手紙の返事は書いていない。相手に対処の時間を与えない作戦である。まさかこんなにすぐに来るとは思うまい。フッフッフ。


 俺だけが出かけることを告げると、ロザリアとミラからは不満の声が上がった。だがこれも、領地を任されている俺の役目だと言って何とか説得した。わがままな子供のままで大人になったら困るからね。我慢の練習も必要だ。


 クレール山は領都からそれほど離れていない。二時間ほどでたどり着くはずだ。山と言ってもそれほど高くはない。大人なら歩いて登れるし、馬で行くことも可能だ。

 だがそれでも、山は山である。山でしか採れない素材が転がっているかも知れない。俺は期待に胸を膨らませて、馬上から地面を見ていた。


「ユリウス様、危険ですからちゃんと前を見て下さい」

「でもライオネル、何か良いものが落ちてるかも……」

「ユリウス様」

「はい」


 どうやらしつけの必要があるのは俺も同じようである。でも新しい素材が――。そのとき、前方にウニのようなトゲがついた物体が目に入った。チーゴだ!


「ライオネル、あのトゲがついた丸いヤツを回収しておいて」

「あれですか? 分かりました」


 ライオネルが騎士に指示を出すと、いくつか拾って袋に入れていた。そのうちの何個かを見せてもらう。

 うん、これは間違いなくチーゴだ。これを使った魔法薬は魔力を回復する効果があるのだ。効果は低いが、手軽に使えるのが売りだ。庭で木を育てることができるので、今から準備しておこう。


 そうこうしている間に、クレール山に到着した。すぐにこの山を治めている地主のところへと挨拶に向かった。そして驚きをもって迎えられた。


「これはユリウス様ではありませんか! その、まだお迎えの準備が……」

「そんなもの、不要だ。今回はたまたまこの辺りに来てな。それでついでにクレール山を見ようかと思ったのだよ。案内してもらえるか?」

「あ……えっと……」


 目が盛大に泳いでいる地主を無理やり連れてクレール山の山頂へと向かった。山頂までの道はよく手入れされており、馬でも問題なく進むことができる。今のところおかしな点はないのだが……。


「ユリウス様! あれをご覧下さい!」


 先行して安全確保をしていた騎士の一人が慌ただしく駆け込んできた。何だ、何があった? 急いで馬を走らせると、そこには禿げ山が広がっていた。

 どうやら木が生い茂っていたのは、ハイネ辺境伯家から見える部分だけだったようである。


「これはどう言うことなのか、説明してもらえるだろうな?」


 うなだれる地主は下を向いてうなずいた。

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