第94話 依頼書と招待状
夕食を済ませ、ロザリアと新しい魔道具についてあれこれと話したあとはお風呂の時間だ。今回はミラに前掛けをつけていたおかげで「洗うのが楽になる」と思ったのだが、結局ミラの全身を洗うことになった。
どうやらミラはキレイ好きなようである。お風呂で全身を洗ってもらうのがお気に召したらしい。大きくなったらどうしよう。ミラ専用の風呂場を作らなければならないかも知れない。
「ミラ、毎日お風呂に入らなくても良いんだぞ」
「キュ!」
ミラは首を左右に振った。ノーである。
もしかすると、ミラはまだ生まれたばかりで寂しいだけかも知れない。もう少し大きくなって、独り立ちできるようになれば、きっと落ち着くはずだ。そう思うことにしよう。
「お兄様、ミラは私たちと一緒にお風呂に入りたいのですよ。仲間はずれにしたら可哀想ですわ」
「キュ!」
「うん、そうだね……」
と言うか、ロザリアもそろそろお兄ちゃん離れして欲しいぞ。今はまだ八歳と六歳で許されているかも知れないが、そろそろ世間体が悪くなるぞ。来年辺りからはまずいと思う。
「お花への水やりはこのシャワーみたいにすれば良さそうですね」
シャワーの魔道具からお湯を出しながら、その様子を観察していた。良いところに気がついたな。このシャワーの魔道具を少し工夫すれば、水やりの魔道具をどのような形にすればいいか閃くはずだ。
「ロザリア、しっかりと観察して、じっくりと考えてみるといいよ」
「お兄様は思いついたのですか?」
「まあね。でも、まだ秘密だよ」
「むう」
ロザリアが口をとがらせて膨れた。簡単に教えたらロザリアのためにならないからね。ここは心を鬼にするんだ。ミラと水遊びをしながら、その表情に気がつかないフリをした。
翌日、朝食の席で、昨日のうちに作成しておいた依頼書を、冒険者ギルドに届けるようにお願いした。
依頼書は二枚。「ポイズントードの粘液」と「冬虫夏草」である。どちらも庭で育てることができない素材だが、レアな素材ではない。今の時期なら問題なく採取できるだろう。
採取したものをすぐに納品してもらえれば、品質が高い状態で手元に届くだろう。
今日の午前中はマナー講習だ。それが終わればダンスの練習。その間に手紙を書こう。友達にもミラのことを紹介しなければいけない。
ミラはハイネ辺境伯領で育てることになったのだ。いずれ領民にもその存在がバレる。それならあらかじめ紹介していても問題ないだろう。どのみちミラを一人で放置しておくわけにはいかないからね。
「お茶会を開いてミラをみんなに紹介しようと思っているんだけど、ロザリアはどうする?」
「私も友達を呼んでも構いませんか?」
「もちろんだよ。あとで人数と名前を教えてね。招待状もちゃんと書くんだよ」
「分かりましたわ」
ロザリアもミラをみんなに紹介したかったのだろう。弾むような笑顔を見せた。何が起こるのか分からないミラは交互に俺たちの顔を見ていたが、楽しいことが起こるのだろうと予見したようで、飛び跳ねていた。
朝食が終わると、先生がハイネ辺境伯家に到着するまでの間に、薬草園と温室の水やりに向かった。水をくんで水やりをするのが面倒だったので、魔法で水やりをする。
「ユリウス様は本当に魔法を使うのが上手ですな」
一緒に来ていたライオネルが今さらながら感心したような声を上げた。「そうかな?」と言葉を濁しつつ、局地的に天候を操って雨を降らせていることを言わないでおいた。バレたら「天気も操れるのか」って言われそう。ある程度は操れるけど、やり過ぎると神様扱いされかねない。
これは早いところ、スプリンクラーの魔道具が必要だな。ロザリアをせっつかないと。
「ライオネル、昨日言っていた、クレール山の視察の件はどうなりそうだ?」
「ただいま連絡をとっておりますので、間もなく連絡が来るかと思います」
「そうか。よろしく頼むよ。ここから見える限りでは山には木が生い茂っているし、問題ないとは思うけど、念のため、現状を自分の目で見ておきたいからね」
薪燃料から魔石燃料に変われば、林業を営む人たちが困ることになるかも知れない。その辺りも見極めておく必要があるな。
将来、ハイネ辺境伯領の経済がガタガタになったら、俺もゆっくりと魔法薬の研究をするわけにもいかなくなるかも知れない。それは困る。アレックスお兄様には頑張ってもらわないと。
水やりを終えると、マナー講習の時間になった。これからはお城で食事をする機会が増えるかも知れない。そのときに恥ずかしい思いをしなくて済むように、しっかりと習得しておかないとね。
そう言えば、ミラのマナーはどうするのだろうか。マルスさんに聞いてみるかな。
マナー講習のあとは昼食を挟んでダンスの練習だ。今日はマナー講習があったので、お昼の時間も食事のマナーを習った。おかげで何だか食事を食べた気がしなかった。
確か、パンにスープ、それに野菜サラダと小さなステーキがあったはずなのだが、味を全然覚えていない。
それなりに食事のマナーは習得していると思っていたのだが、まだまだ心に余裕はできていないようである。そう言えば、食事中に何の会話をしたかも覚えていない。こりゃダメだな。もっと練習する必要があるな。
ロザリアも俺と同じ思いだったのか、光を失った目でミラを抱いていた。
「ほら、ロザリア、ダンスの練習の時間だよ。ミラを離しなさい」
「キュ!」
元気を無くしたロザリアを心配したのか、ミラがひっついている。大丈夫だよ、ミラ。そうやってロザリアは大人の階段を上って行くのさ。
俺はミラを引きはがすと、ロザリアの手を引いてダンスホールに立った。
「ロザリア、あまりミラに心配をかけてはいけないよ。このダンスの時間が終われば、あとは自由時間だ。一緒に新しい魔道具を考えるんだろう?」
そう言うと、ロザリアの目に光が戻って来た。よし、何とかなりそうだ。今度から、マナー講習とダンスの練習は別の日にするようにしよう。マナー講習のダメージが大き過ぎる。先生も悪気はないんだけどね。ただ、俺たちを一人前の紳士と淑女にしようと使命感に駆られているだけなんだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。