第80話 聖竜爆誕!
最奥の来賓室で俺たちがああでもないこうでもないと話していると、王妃殿下がやって来た。その威厳ある姿に、思わず背筋がピンとなった。ロザリアも緊張しているのか、俺の袖をつまんでいる。
「話は聞かせてもらったわ。クロエにはあとでお仕置きが必要ね」
王妃殿下が黒い笑顔で笑った。怖い!
「ヒッ! お尻ペンペンだけは、お尻ペンペンだけはやめて……」
クロエは俺と同じ八歳なのに、いまだにお尻ペンペンされているのか。ちょっと意外だな。しかもかなり嫌そうだ。どうやらクロエには良く効くらしい。
「それじゃ、ユリウスちゃんに、クロエのお尻をペンペンしてもらおうかしら?」
「え?」
「え? ってクロエ、どうしてちょっとうれしそうな顔をしてるんだよ!」
「ししし、してないわよ、そんな顔!」
してた。俺じゃなきゃ見逃してしまうほどの一瞬だったが、ほほが緩んだ。もしかしてクロエはMなところがあるのか? あ、キャロが「なんかずるい」みたいな顔をしてる。どうしてこうなった。
「王妃殿下、お話を進めさせてもらってもよろしいでしょうか?」
王妃殿下の後ろから、どこか弾むような声がした。
「そうだったわね。娘があまりにも明るい顔をしていたから、つい私も緩んでしまったわ。紹介するわね。長年、聖竜の研究をしている学者のマルスよ」
「マルスです。長年、この城で聖竜のことを調べています。お話によると、聖竜の卵を発見されたとか? それならば、私の研究が何かの役に立つかも知れません」
そう言って、立派な深緑のローブを着た、壮年の男性が頭を下げた。だが、聖竜の卵が気になっているようで、チラチラと俺の手の上にある卵を見ている。
「マルスさん、卵が手から離れないんですけど、どうにかなりませんか?」
「何と! 卵が手から離れない!? これは伝承通りだ!」
マルスさんにお願いされて、手を傾けたり、逆さまにしたりしたが、やはり卵が手から離れることはなかった。
「素晴らしい! 伝承によると、聖竜の卵は選ばれし者の手によってしか、ふ化させることができないとあります。そしてその選ばれし者の手に渡った卵は、ふ化するまで、その手から離れないそうです!」
感激している様子でマルスさんが言った。何て迷惑な! 食事は良いとして、風呂と、トイレはどうするんだ?
「それじゃ、聖竜が生まれるまで、ユリウスちゃんには手助けが必要ね」
「手助け?」
クロエが首をかしげている。聞くのはやぶ蛇だぞ、クロエ。
「そうよ。ユリウスちゃんに食事を食べさせてあげないといけないし、お風呂にもトイレにも一緒に行ってあげないといけなくなるわ」
「食事……一緒にお風呂……一緒にトイレ……」
うわ、まずい。クロエの顔が真っ赤に染まっているぞ。どうしてクロエがそれをすることになっているんだ。やるなら、その辺の使用人になると思うんだけど。
そしてニッコリ笑っている王妃殿下が怖いんだけど。
「あの、どうやったらふ化させることができるのですか?」
これは早いところふ化させた方が良さそうだ。でなければ、クロエと変なウワサが立ちかねない。キャロが半眼でクロエを見ているのも気になるところだ。
「それなんですが、どうやら卵が手のひらを通じて魔力を吸収しているそうなのですよ。そしてその魔力が卵に満ちたとき、聖竜がふ化するそうです」
「それなら、卵に魔力を送り込めばふ化するというわけですね! さっそくやってみます!」
その言葉が聞きたかった。言質を取ることができたので、遠慮なく魔力を卵に送ることができるぞ。ふ化のやり方は知っていたけど、俺がそれを勝手にやったら「何でそんなことを知っているんだ!?」と言われかねない。だが、これで障害がなくなった。
「ちょっと、ユリウス、大丈夫なの?」
クロエが心配しているようだが、為せば成る。ユリウス・ハイネは男の子!
魔力を大量に流し込むと、卵の殻がひび割れ始めた。ひび割れからは光の筋が見えている。
「ユリウス、そんなにたくさんの魔力を使って、大丈夫なの!?」
そうだった。キャロは魔力が見えるんだった。俺が大量に魔力を流し込んでいることが、キャロにはバレバレのようである。あとでそのかわいい口を封じておかないといけないな。
そんなことを思っている間にも、ひび割れはどんどん増えていった。う、生まれる!
パァン! と卵が割れたのと同時に、部屋中が温かい光に包まれた。うお、まぶしっ!
「キュ~!」
光が収まると、俺の手のひらにはテニスボールよりも一回り大きな毛玉が乗っかっていた。明らかにサイズ感がおかしい。卵にギュウギュウと詰まっていたのかな?
そう言えば聖竜は、フサフサで、フワフワで、モコモコだったな。その幼少期ならこの姿もありなのかも知れない。
聖竜の見た目は、子犬のような胴体に、少し長い首。頭には二本の角が生えており、尻尾はワニのように太かった。そして全身がモフモフの毛で覆われている。背中の部分をよく見ると、毛に埋もれた小さな翼が見えた。
「か、かわいいー!」
女性陣が声をそろえて叫んだ。それにビックリした聖竜が俺の胸に飛び込んできた。うん、かわいい。それは認める。
「これは間違いなく、聖竜の幼少期の姿ですよ! 伝承と完全に一致しています。間違いありません。こうしてはいられない、すぐに絵にして残さないと!」
何やら紙に絵を描き始めたマルスさん。きっと第一級の史料になるんだろうなぁ。落ち着いてきた聖竜をテーブルの上に載せた。だが居心地が悪いのか、俺の手にしがみついている。何だか親になった気分。……まさか。
「ねえ、ユリウス、触ってみても良いかしら?」
「お兄様、私も触ってみたいです」
「良いんじゃないかなー?」
正直、俺に聞かれても困るんだけど。もしかして、俺が聖竜を飼うことにならないよね? ふ化させたんだから、俺の役割はこれで終わりだよね? そうだと言ってよ、王女殿下。
俺は王女殿下にアイコンタクトを送った。
「ユリウスちゃん、私も触らせてもらっても良いかしら?」
違う、そうじゃない。そうじゃないんだよ、王妃殿下。
俺が許可を出したことが分かったのか、聖竜は大人しくみんなになでられていた。もちろんマルスさんもなでていた。「この手触りを何としてでも書いて残さねば!」と意気込んでいたけど、大丈夫かな?
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