第81話 国王陛下の決断

 何だか和やかな雰囲気になってきた来賓室に再び緊張が走った。


「王女殿下、国王陛下がいらっしゃいました」


 使用人のその言葉で、その場の空気が変わった。先ほどまでだらしない顔をしていた女性陣の顔は引き締まり、聖竜学者のマルスさんも史料を書く手を止めた。

 その空気を敏感に察知したのか、聖竜が俺の膝の上に急いで避難してきた。

 来賓室の扉が静かに開いた。


「待たせてしまったな。会議を中断するのに時間がかかってしまったよ」


 ヤレヤレ、といった感じで、あらかじめ準備されていた席に座る国王陛下。その威厳とはかけ離れた様子に、場の空気が少しだけ緩んだ。


「国王陛下、お話は聞いておりますか?」

「もちろんだよ、ミネルバ。何でも聖竜の卵が発見されたとか?」


 国王陛下が俺たちの方を向いて片方の眉を上げた。だがしかし、すでに卵は殻だけになっていた。殻はマルスさんが大事そうに集めていた。もしかして、あれ、魔法薬の素材として使えるんじゃないかな? 少しくらい回収しておくべきだった。


「国王陛下、こちらが卵から生まれてきた聖竜になります」


 俺は膝の上にいた聖竜を掲げて見せた。さすがに生まれているとは思っていなかったのか、国王陛下の両目が大きくなった。


「これが聖竜……触ってみてもいいかね?」

「問題ないかと」


 なぜか俺が飼い主みたいになってる! 何とかそれだけは回避しないといけない。ペットが聖竜とか、しゃれにならんでしょ。

 聖竜は静かに国王陛下になでられていた。そのまま回収してもらっても構わないんだけどな。


「国王陛下、聖竜の取り扱いについてですが……」


 マルスさんが口ごもった。きっと言いにくいことを口にするのだろう。他のみんなもマルスさんに注目していた。マルスさんの顔を一筋の汗が伝う。


「構わんよ。聖竜学者としての君の意見を聞こう」

「ハッ! 伝承によりますと、聖竜が大きくなるまでには、十分な魔力が必要となるそうです。そしてその魔力を効率良く受け渡しできるのが、聖竜に選ばれし者だけのようです。この場では、聖竜を卵からふ化させたユリウス様がそれに該当すると思います」

「フム……」


 え、そうなの? 卵から生まれてからも、魔力を与え続ける必要があるとか、聞いてないよ。でも、効率が悪くても良いなら、他の人でも魔力を与えられるということか。それなら別に俺じゃなくても済みそうだ。

 お城にはたくさんの魔法使いが働いているからね。その人たちから魔力の供給をしてもらえばいいはずだ。


「キュー……」


 俺が聖竜を捨てようとしていることに気がついたのか、つぶらな瞳でこちらを見てきた。

 何だろう、何だか胸が締め付けられるような気がする。その声に促されるように、ロザリアが聖竜を抱きかかえた。


「お兄様……」


 ロザリアが上目遣いで俺の方を見てきた。やめてくれ、それは俺に効きすぎる。どうしよう、このままお持ち帰りするか? そうしちゃうか?


「お父様、ユリウスと聖竜ちゃんを引き離すのは可哀想よ」

「クロエの言う通りね。聖竜ちゃんが魅力的なのは分かるけど、親と離れ離れにしたら可哀想よ」

「そうかも知れんな。それならユリウスと共にこの城で育てるのはどうかな?」


 おいおい、何を言い出すんだ、この国王陛下は。そんなことをしたら、俺が息苦しくなるだけだ。お城に住むのは嫌だ、お城に住むのは嫌だ……。


「それは良い考えね。さっそくハイネ辺境伯に相談してみましょう」


 王妃殿下ー! まずい、このままでは本当にお城に住むことになってしまう。そうなったら、俺の自由気ままなスローライフがー!

 国王陛下の判断により、ハイネ辺境伯が呼ばれることになった。


 ごめんなさい、お父様。不肖な息子のせいでこんなことになってしまって……。いや、待てよ。元々の発端はクロエだぞ。俺のせいじゃない。俺は巻き込まれただけだ。俺は無実だ。


「ねえ、この子の名前は何にするの?」


 なぜか上機嫌なクロエがニコニコした表情でこちらを見てきた。つねりたい、そのほっぺ。


「男の子なのかしら? それとも女の子なのかしら?」


 キャロが聖竜を見つめながら首をかしげている。


「その件についてですが、聖竜に男女の区別はないそうです。名前をつけていいのかどうかについては分かりませんが、聖竜に名前があったという記録はないですね」


 マルスさんがそう言った。ペットみたいに名前をつけるのは失礼なのかも知れないな。聖竜にどれほどの知能があるのかは分からないが、言葉を発することはできるようである。それならば、言語を理解していると思って間違いないだろう。


「名前をつけて欲しい?」


 俺は聖竜の頭をなでながら尋ねた。


「キュ!」


 返事が返ってきたところをみると、言葉は通じてそうだ。


「じゃ、タマはどう?」

「ニャー!」

「あいたっ!」


 指を噛まれた。これは間違いなく、言葉が通じているな。


「お兄様、嫌だって」

「冗談だよ、冗談。言葉が通じているのかを試していただけだよ」

「なるほど。それでは聖竜にはこちらの言葉が通じているのは間違いなさそうですね。これは世紀の大発見だ!」


 猛烈な勢いでマルスさんが紙に何かを書き始めた。さすがは聖竜学者。テンションが違う。聖竜はジットリとした目でこちらを見ていた。かわいいと思うんだけどな。ポチの方が良かった?


「ちゃんと考えてあげましょうよ。聖竜だから……セイちゃん?」


 キャロが提案したが、聖竜の反応はイマイチだ。


「安易過ぎないかしら? 聖竜はこの世界を創造したミラーレス様の使いだという話を聞いたことがあるわ。だからミラちゃんはどうかしら?」

「キュ!」


 クロエの提案に聖竜が反応した。うれしそうな「キュ!」である。創造神の名前とかもらって大丈夫なのかな? ちょっと不安になってきたぞ。創造神と関わりが深くなったらどうしよう。


 ……いや、すでに関わりが深くなりつつあるのか。何だか創造神に踊らされているような、嫌な感じがする。それよりもさ、確かキミ、直接頭の中に語りかけることができたよね? あれはどうなったのかな?


「国王陛下、ハイネ辺境伯様がいらっしゃいました」


 使用人のだれかがそう言った。思ったよりも早い到着だな。あ、そう言えば、冷温送風機の魔道具を王城に届けるって言っていたな。もしかすると、他にも用事があったのかも知れない。

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