第79話 聖竜の卵

 フワフワと浮き上がった聖竜の卵はそのままゆっくりと、見間違いではなく、俺の方へと向かって来た。


「ど、どうすんの、これ!?」


 俺はアワアワしながら三人に聞いた。


「お兄様の方に向かってますわ!」

「キャッチよキャッチ! 両手で捕まえるのよ!」

「ユリウス、頑張って!」


 何をどう頑張るんだよとキャロの声援に心の中でツッコミを入れながらも、頭をフル回転させた。確かゲーム内では、その背中に乗ってどこでも行くことができたはずだ。

 移動ツールとして便利な聖竜は課金アイテム。金さえ払えばだれでも入手することができる。もちろん俺も持っていた。そのため、レアリティーは低い。


 そんなことを考えている間に聖竜の卵は「受け取れ」と言わんばかりに俺の前で浮遊していた。

 え? これ、俺が受け取らなくちゃいけない感じなの? 助けを求めて三人を見たが、三人は期待に満ちた目で俺の方を見ていた。


 ええい、ままよ! 俺は観念して聖竜の卵を両手で受け取った。手の中に確かな重さを感じる。それと一緒にドクンドクンと、何かが脈動する感じがする。


「ユリウス、どうなの?」

「何か、今にも生まれそう」

「どうすれば生まれるのですか?」

「えっと、魔力を与えれば生まれ……るかも知れないね」


 危ない危ない。何で知っているんだと追及されるところだった。それに魔力を与えるのは俺じゃなくても良いはずだ。うん、それが良い。クロエかキャロに代わってもらおう。そうすれば、厄介事を二人のどちらかに押しつけることができるぞ。


「魔力を与えると生まれるの? やってみましょうよ!」

「クロエ、大丈夫なの?」


 キャロが不安そうな顔でクロエに聞いている。それはそうか。キャロはこの卵が何の卵か分からないものね。中から危険な生き物が生まれてくる可能性だってあるのだ。

 ……なるほど、こっちの線で諦めさせる手もあるな。ウッシッシ。


「クロエ、キャロの言う通りだよ。この卵が何の卵なのか分からないんだ。もし恐ろしい生き物が生まれてきたらどうするつもりなの? やめた方が良い……」

【ダイ……チョウダイ……】

「キャー!!」


 直接頭の中に響いてきた声に、三人が大声を張り上げた。そして俺の体を問答無用で締め上げた。ヤバイ……ちぎれる……何てパワーだ。ええい、三人娘は化け物か!

 その声が通路まで聞こえていたのだろう。俺たちをひそかに見守っていた影の存在が、血相を変えてやって来た。


「王女殿下! 大丈夫ですか!? あっ!」

「あ、ああ……え? あなた、だれ?」


 正気を取り戻したクロエがその存在を認識した。影の人さんは困惑している。ばつが悪そうにした影の人さんは俺に助けを求めるような目を向けた。


「あの、偶然、隠し通路を見つけて、その先でこの卵を見つけたんですよ。そしたらこの卵の声が直接頭の中に聞こえて……」


 しどろもどろに影の人さんに説明する。やや納得した感じである。


「え? さっきの悲しそうな声は、この卵からだったの?」

「卵から声が……?」


 クロエとキャロが困惑している。それもそうか。卵から声が聞こえるだなんて、普通は思わないよね。


「お兄様、これは何の卵なんですか?」

「さあ? 俺にはさっぱり……」

「ユリウス、その卵、私によく見せてよ」


 クロエが俺の両手をのぞき込んできた。まずい。確かクロエは『鑑定』スキルを持っている可能性があるんだった。卵の正体がバレると大騒ぎになるぞ。今すぐここから逃げ出したい。


「ちょっと、この卵、『聖竜の卵』ですってよ! このお城に本当にあったのね!」

「聖竜の卵?」

「本当にあった?」


 どうやらキャロは聖竜についてのことは知らないようである。そして「本当にあった」ということは、王家には聖竜伝説が残っているのだろう。


「そうよ。その昔、お城に聖竜が卵を産んで立ち去ったっていう言い伝えが残っているのよ。ただの伝承だと思っていたのに、本当だったのね」


 一人、感激している様子のクロエ。聖竜の卵と聞いて、心なしかロザリアの目が輝いているような気がする。ロザリア、そんな目をしても、この卵は持って帰らないぞ。


「それじゃ、この卵はクロエのものだね。返しておくよ」


 俺は「ハイ」とクロエの両手の上に卵を移動させようとした。


「あれ? どうなってるの、この卵? 俺の手から離れないんだけど!?」


 いくら手を傾けても、逆さまにしても、俺の手にひっついたままの卵。まさか、呪いの卵だったりするのかな?


「ユリウス、あなたの手のひらから、魔力が卵に移動しているわ。それでひっついているんじゃないかしら?」

「うわー、そうなんだー」


 そう言えば、キャロは魔力の流れが見えるんだったな。それなら俺の手から卵に向かって流れている魔力の流れも見えて当然か。

 やっぱり魔力を吸われていたのか。気のせいではなかったようだ。


「クロエ、どうするんだ、これ?」

「そ、そうね。まずはお母様に報告しなくちゃいけないわね。急いで戻りましょう。あなたはお母様を一番奥の来賓室まで呼んできてちょうだい」


 影の人さんは大きく礼をすると、去って行った。


「さて、私たちも移動しましょう! 大騒ぎになるといけないから、ユリウスはその卵を隠してちょうだい」


 クロエに言われて、卵を両手で包み込むようにして隠した。大丈夫かな、こんなんで。確かに、聖竜の卵が発見されたことが公になれば、大騒ぎになることは間違いないだろう。世紀の大発見だと言われるようになるかも知れない。


 俺たちは急いで、王城の一番奥にある来賓室を目指した。クロエの話だと、この部屋には特殊な細工が施されており、中で話している声が一切外に聞こえないようになっているそうである。この部屋を使えば機密性は高まるだろう。


「ここまで来ればもう大丈夫ね。さてと、どうしようかしら?」

「どうするって……元の位置に戻すべきだと俺は思うけど」

「でもその聖竜の卵は助けを求めていたわ。きっと何かの事情があるのよ」

「もう一度、話せたら良いんだけど」


 三人娘が俺の手の上に乗っている卵を真剣な表情をして見つめていた。

 どうやらクロエの『鑑定』スキルでは、卵の名前は分かっても、詳細までは分からなかったみたいである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る