第76話 三人そろえば……

 キャロがサロンに到着するとクロエはすぐに立ち直った。そして不満を言い始めた。


「もう、聞いてよね、キャロ。ユリウスが意気地無しなんだから。もうちょっとで『使い魔』が手に入ったのに!」

「えええ! つ、使い魔ですか!?」


 キャロが目を丸くした。その間にも、俺たちの目の前に次々と料理が運ばれている。

 どうやら、昼食はこのままサロンで食べることになったみたいだ。

 クロエからは「昼食は王族のプライベートスペースにある食堂で食べる」と聞いていたのだが、急遽変更したらしい。


 あとで怒られるんじゃないのか、クロエ。大丈夫なのか、クロエ。もしかすると、クロエは自分の行動がひそかに見張られていることに不快感を持っているのかも知れない。

 でもね、クロエは王族なんだから仕方がないと思うよ。もし、万が一、間違いなくそんなことはあり得ないけど、俺がクロエに手を出したらどうするつもりなのさ。


「お兄様はどこであの文字を習ったのですか? 私には全然読めなかったんですけど……」

「あー……」


 妹のロザリアの一言に、クロエとキャロの視線がこちらに集まった。それもそうか。だれも読めないはずの禁書を読めるんだからね。そりゃ気になるか。どうしよう。


「何でか分からないけど読めたんだよね。もしかして俺って、だれかの生まれ変わりなのかも?」


 それっぽいことを言っておく。下手にごまかすと余計にこじれるかも知れない。まずはこれで様子見だ。


「生まれ変わり……古代人の生まれ変わりなのかしら? それなら文字が読めてもおかしくないわ」


 クロエが首をひねった。そう言えばこの世界では、その昔に超文明を持つ古代人がいたという説が濃厚である。どこかに古代文明の遺跡があるはずと主張する学者がいるらしい。ただし、その証拠は一つも見つかっていない。


「私はユリウスがいにしえの賢者様の生まれ変わりじゃないかと思いますわ。それなら古代文字を読めてもおかしくないもの」


 キャロがそう主張した。確かに以前、キャロの前で、みんなには内緒で謎の魔法を使ったことがあるもんな。そう思っても仕方がないかも知れない。


「お兄様はきっと、すごい魔道具師だったのですよ!」


 ロザリアはそう主張した。文字が読めることとは全く関係ないな。

 三者の意見が出そろうと、私の考えが正しいとそれぞれ主張し始めた。昼食そっちのけで騒いでいる。このままじゃ、また怒られるぞ。


「ほら三人とも、まずは昼食を食べてしまおうよ。せっかくの温かい食事が台無しになるよ」

「ユリウスは自分が何者なのか気にならないのかしら?」

「そんなこと言われても、調べようがないし、例えばの話だしなー」


 クロエは不服そうだが、俺は自分が何者なのか知っているからなぁ。ここで俺が「神の使徒です」とか言ったら大騒ぎだろうな。絶対に言えないな。


「午後からはお城の一番高いところに行くわよ」


 クロエが高らかに宣言した。何だかうれしそうだ。何かあるのかな?


「あの一番高い尖塔に上れるのか。楽しみだな。あそこからなら、王都が全部見えそうだ」


 一度上ってみたいと思っていたところに行けるとはラッキーだな。どんな眺めなのか、今から楽しみだ。


「塔の一番上にはお姫様が捕まっていたりするのですか?」

「ロザリア、それはないと思うよ。だって、お姫様はここにいるからね」


 俺はクロエに目配せした。ここに腐っても本物のお姫様がいるからね。これで物語のようにお姫様がいたら驚きだ。


「その昔、問題を起こして閉じ込められたお姫様がいたみたいよ。今はいないけどね」

「ちょ、ちょっと怖くなって来ましたわ」


 キャロが身震いした。もしかして、キャロも初めて行くことになるのかな? なるほど、だから俺がこの城を見学するときに合わせてキャロも呼んだのかも知れない。

 俺はニヤリと笑った。


「それならクロエもそこに入れられるかも知れないな~」

「な! そ、そんなことあるわけないわ!」


 クロエの顔が引きつっている。先ほどの王妃殿下の顔を思い出しているのかも知れない。うん、王妃殿下ならやりかねないぞ。案外、本当にそうなるかも知れない。




 昼食も食べ終わり、午後からの見学会が始まった。最初に向かった先は大きなダンスホールだった。


「すごいな、天井があんなに高いところにある」

「大きな絵がたくさんありますわ」


 天井からは豪奢なシャンデリアがいくつも下がっており、その向こう側には、この世界の創世を描いたと思われる絵が描かれている。

 壁にもロザリアが言ったように、絵が飾られている。そのうちの一つは見たことがないほど大きかった。壁には飴色の木材が規則正しく並んでいる。何の木材なんだろうか。素材が気になる。


「すごいでしょ? このダンスホールは、冬になる前の最後のダンスパーティーが行われるところなのよ」

「人がいないときに来たのは初めてですね。こんなに広かっただなんて、思わなかったわ」


 キャロが驚いている。どうやらキャロはそれなりに王都に来ているようである。クロエの誕生日会に参加したりしているのかな? ハイネ辺境伯領から王都までは遠いけど、キャロの実家のミュラン侯爵領からは近いのかも知れない。


「普段は人や物がたくさんあるからもっと狭く感じるかも知れないわね。そうだわ! せっかくなので踊りましょうよ!」

「え、音楽は?」

「手拍子よ、手拍子! ほら!」


 そう言ってクロエが俺の手を取った。クロエは本当に明るくて、元気で、積極的な女の子だなぁ。それを見たキャロとロザリアが手拍子を始めた。ワルツの手拍子に乗って、ダンスホールに滑り出した。


 俺も一応、貴族なので先生についてしっかりとダンスを学んでいる。そしてこんなこともあろうかと、それはもう熱心に練習していたのだ。いい運動にもなるし、一石二鳥だ。

 クロエは見た目通りダンスが得意なようで、楽しそうに、俺を引っ張るように踊っていた。


 クロエ、もう少し抑えた方がいいんじゃないのか? 楽しいのは分かるけど……。

 クロエと踊った次はキャロと踊った。キャロはおとなしい女の子だ。その見た目通り、ダンスもリードされるのを待つタイプだった。それで今度は俺がキャロを引っ張る形でダンスを踊った。


 最後はロザリアとダンスを踊る。こちらは何度も一緒にダンスの練習をしたことがあるので、お互いにお互いの力量をわきまえている。息ぴったりに踊る俺たちを見て、クロエとキャロが口をそろえて、


「ずるいですわ」


 と言っていた。だって、しょうがないじゃないか。そのおかげでもう一度、二人と踊ることになった。

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