第74話 クロエの教え

 クロエに最初に案内されたのは小さな中庭だった。とても良く手入れされていて、まるで一つの芸術品のように草花が咲き乱れていた。中央付近には小さな噴水がある。


「ここは私が手入れしている中庭なのよ」

「え? クロエが? それはすごい。間違いなく、植物を育てる才能があるよ。あ、薬草やハーブも育てているんだね。ハーブティーはおいしいもんね」

「あら、詳しいのね」

「それはまあそうかも」

「お兄様はお庭に花壇を作ってますのよ」


 俺の代わりにロザリアが答えた。正確に言えば、花壇と言う名の薬草園なんだけどね。それを聞いたクロエは察したようである。俺の耳元でコッソリと聞いてきた。


「ねえ、もしかして、魔法薬の素材を育てているのかしら?」

「さすがクロエ、鋭いね。その通りだよ」


 俺が普通の声で答えたので、俺が魔法薬を作っていることを、ロザリアが知っていることに気がついたはずだ。クロエのトーンが戻った。


「魔法薬ってそんなに簡単に作れるの?」


 お、クロエが食いついて来たぞ。これはチャンスかも知れない。クロエを魔法薬の沼に引きずり込むんだ。


「初級魔法薬なら、慣れれば簡単に作れるようになるよ。ちなみに俺はおいしい魔法薬を作ってる」

「おいしい?」

「そう。甘かったり、ミカン味だったり」

「ウソでしょ」


 クロエの瞳がまん丸になった。何でか分からないけど、クロエのこの顔を見ると、かわいらしく思ってしまう。普段のちょっとつり気味の目が柔らかくなるからかな?


「かわいい」

「ちょっと!? まさか冗談なの?」


 クロエの顔が真っ赤になった。冗談ではない。


「本当だよ。試しに飲んでみる?」

「い、いや、ちょっとそれは……」


 どうやら魔法薬のゲロマズ具合を体験済みのようである。まずいな、このままではクロエに逃げられてしまう。一度でも試してもらえれば分かってもらえるはずなのに。


 王城に魔法薬を持って来ることができれば良かったのだが、今の警戒態勢では無理だな。それならタウンハウスにクロエを呼ぶ……わけにはいかないよな。子供だからと言って、簡単に王族を呼び出せるわけがない。


 今回はクロエからのお願いだから、こうして王城でクロエに会うことができるのだ。普通だったら無理だろう。


「ロザリアちゃんはユリウスが作った魔法薬を飲んだことがあるのかしら?」


 あ、もしかして逃げた? しかし甘いぞ、クロエ。それはユリウスの罠だぞ。


「もちろんありますわ。お兄様が作った初級体力回復薬は、甘くて、シュワシュワで、とっても元気になりますのよ?」

「甘くて、シュワシュワ!? ど、どういうことなの?」

「飲んでみれば分かるよ、クロエ」

「ヒッ」


 そっとクロエの肩に手を置くと小さな悲鳴を上げた。すごく恐怖に歪んだ顔をしてる。この世界の魔法薬はまだまだそのような認識である。いつかその考え方に革命を起こしてやるぞ。


「まあ、無理にとは言わないけどね。でも興味があったら試してみてよ。味と効用は俺が保証するよ。さすがにここには持って来られないけど、送るくらいは……できるのかなぁ?」

「ずいぶんと弱気ね。まあ、今は無理でしょうね」

「だよねぇ」


 次に連れて行かれたのは歴代の国王陛下の肖像画が並んでいる回廊だった。一般人が入ってもいいのか、ここ? ロザリアが俺の腕にしがみついている。人気もなく、ちょっと怖いな。


「見てて、面白いものを見せてあげる!」


 そう言ってクロエが一枚の肖像画の前で止まった。何をするのかと思ったら、クロエはその肖像画を時計回りに回し始めた。次の瞬間、肖像画の下にポッカリと真っ黒な穴が出現した。これはまさか、隠し通路!?


「ちょっとクロエ!?」

「驚いた? すごいでしょ」


 いやいや、クロエさん、胸を張ってドヤ顔してる場合じゃないですよ。それを見たロザリアは喜んでいた。


「すごいですわ! 階段が突然現れましたわ!」


 ロザリアが言うように、暗い穴の中に下へと続く階段が見える。これは王都の下水道にでも続いているのかな? 万が一のときはここから逃げるのだろう。


「この先には何がありますの?」


 ロザリアが首をかしげる。


「さあ? まだ行ったことがないのよね。行ってみる?」

「いやいやいやいや! クロエ、やめておこう。早く穴を塞いで。だれかに見られたらどうするの!」

「何よ、根性なしね」

「そういう問題じゃない」


 どうしてクロエはこんなにお転婆なんだ。姉のダニエラ様はもっとお淑やかだったぞ。どうなっているんだ。育てられ方が違うのか? そうなのか?

 クロエがしぶしぶ元に戻した。辺りを確認したが、だれにも見られてはいないようだ。


「クロエ、王族の非常用通路を簡単に教えちゃダメだよ。いざという時に使えなかったらどうするつもりなの?」

「そのときは別の通路を使うわ」

「そういう問題じゃない!」


 あああ、どうしよう。これは王妃殿下に報告して、言い聞かせてもらうべきか。俺じゃ無理だ。


「他にもこのような秘密の抜け道がありますのね。すごいですわ!」

「そうよね、ロザリアちゃん。このすごさが分かるだなんてさすがだわ。まだ私の知らない通路がたくさんあると思うのよね。一緒に探しましょう!」

「やめて!」


 俺は全力で止めた。どうしてこうなった。会わせてはいけない二人を会わせてしまったようだ。王妃殿下に手紙を書こう。このままではまずい。

 不満そうなクロエに連れられて、ようやく王族のプライベートスペースから抜け出した。


 こちら側に来ると、明らかに人の通りが増えてきた。たくさんの使用人が忙しそうに行き交っている。その人たちを気にもせずに進むクロエ。そのまま王城にある図書館にたどり着いた。


「すごい、こんなにたくさんの本があるのか」


 図書館ではお静かに。俺は叫びたいのをグッとこらえた。


「すごいでしょ? ここは選ばれた人しか入ることができない、特別な場所なのよ」


 壁には天井付近まで本棚が伸びており、ぎっしりと本が詰まっている。読書スペースには学者のような人たちが数人、本とにらめっこをしていた。テーブルの上にある本はどれも大変分厚い。


「どうやったら入ることができるの? 試験とかがあるの?」

「あら、ユリウスも自由に入りたいの? あとで許可をもらっておいてあげるわ」


 コネかい! 良いけどさ!


「よろしくお願いします」


 俺は素直にお願いした。

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