第72話 誤解かも知れない
俺は今、大変な状態になっている。
クロエによって、強引にクロエのベッドに横になることになった。クロエは俺の体を心配してくれているだけみたいだし、それは良いとしよう。
だがしかし、「添い寝する」と言ってクロエが隣に滑り込んで来たのだ。そして今、クロエは健やかな寝息をたてている。
どうしてこうなった。この場をだれかに見られると非常にまずい。
俺の体力も魔力もそれなりに回復してきたので、クロエを起こして、この部屋を出なければ。
気持ちよさそうに寝ているクロエを起こすのは忍びないなと思いつつも、その体を揺すった。
「クロエ、起きてよ。クロエ」
そのとき、部屋の扉のノックする音が聞こえた。心臓が跳ね上がった。非常にまずい。
「クロエ、いないのかしら? さっきからユリウスくんの姿が見えないんだけど、あなた、どこにいるのか知らないかしら?」
クロエの姉のダニエラ様だ。
どうやら俺たちがクロエの部屋に入ってから、それなりに時間が経過しているようである。もしかすると、俺も少しだけ眠っていたのかも知れない。
「クロエ? 入るわよ」
ガチャリと扉を開けたダニエラ様と目が合った。
ダニエラ様は無言でそっと扉を閉めた。扉の向こうからアレックスお兄様の声が聞こえる。
「ダニエラ、どうしたんだい? クロエ嬢はいなかったのかな?」
まずい。これ絶対に誤解されているやつだ。
「クロエ、起きろ」
小声で叫びながら、思いっきり体をゆさゆさと揺さぶった。
「ふにゃ?」
「ふにゃじゃない。ダニエラ様が俺たちを探しに来たぞ」
「お姉様……え? ええ!」
ようやく覚醒したクロエがベッドから飛び起きた。うろたえながらも素早く髪の毛を整えているところを見ると、小さくても立派な淑女のようである。
俺も手伝って、急いでクロエの髪を整えた。妹のロザリアの髪を整えるのを良く手伝っていたおかげで、この程度のことは朝飯前になっていた。
「お姉様、どうかされたのですか?」
素早く扉を開け、何事もなかったかのように話しかけるクロエ。オスカー女優もびっくりの演技である。
「え? クロエ、大丈夫なのかしら?」
「何がですか、お姉様?」
ニッコリと笑うクロエがちょっと怖い。あ、ダニエラ様の顔が引きつっているぞ。どうやらクロエはこのまま、何事もなかったこととして押し切るみたいである。
頑張れクロエ。俺たちの身の潔白を証明できるのは君しかいない。
「あ、いえ、何事もなければ、それで良いのですよ。そろそろアレックス様たちが帰る時間が迫って来ているので、呼びに来たのですよ」
「あら、もうそんな時間ですの? ユリウス、また明日来なさい。絶対よ」
強引にクロエに指切りをさせられた。アレックスお兄様とダニエラ様が生暖かい目でこちらを見ていた。
ダニエラ様に関しては、完全に疑われていると思う。それでも追求して来なかったところを見ると、どうやら口にするのは下品なことと思っているからなのかも知れない。
帰りの馬車で、アレックスお兄様にツッコミを受けた。
「ユリウス、クロエ嬢と一体何があったんだい?」
「別に何も……クロエ様の部屋に私がいたから驚いただけじゃないですかね? 普段、入ってはいけないみたいでしたし」
「確かにそうだけど、ダニエラ様の様子が変だったんだよね。何か見てはならないものを見てしまったような目をしていてさ」
疑うような目でこちらを見てきたが、気がつかないフリをしておいた。俺が自白しなければ、真実は分からないのだ。黙ってことの成り行きを見守ろうと思う。
「ダニエラ様が何か勘違いをしてしまったのではないですか?」
まあ、間違いなく勘違いをしているんですけどね。ベッドに二人で寝ているだけでそんな関係になっていると想像するのは、さすがに想像力が豊か過ぎませんかね? まだ俺たち八歳だよ? さすがに無理があると思う。
アレックスお兄様は不審そうな顔をしていたが、それ以上は聞いてこなかった。
クロエに万能薬を託したことは、しばらくの間は秘密にしておこうと思う。俺が国王陛下の暗殺を危惧しているなんてことがお父様たちにバレたら、さすがに八歳児であることを疑われてしまうだろう。
すでに色々とやらかしている感じがあるので今さらなのかも知れないが、それでも人並みの子供を演じていたい。両親が心配するだけだからね。
タウンハウスに戻ると、無事に帰って来たことを両親に報告した。そして明日も王城に行くことになったことを話した。
「そうか。クロエ様と約束したのか。分かった、行って来るといい」
お父様は心地良く了承してくれた。何となくだが、俺とクロエを結びつけたいと思っている節がある。アレックスお兄様とダニエラ様との関係は微妙なのかな? 良く分からん。
「お兄様、私も一緒に行っても良いですか?」
「もちろんだよ、ロザリア。一緒に行こう」
クロエは一人で来いとは言わなかった。だからロザリアを連れて行っても問題ないはずだ。明日こそ、王城を案内してくれるはずなので、俺と同じく初めて王都に来たロザリアと一緒に見て回るのは都合が良いはずだ。
「そうだった。ユリウス、頼んでおいた魔道具の材料が届いているぞ」
「ありがとうございます。すぐに冷温送風機の魔道具の制作に取りかかりますね」
「何台か作れる量があるはずだ。王家にも献上してもらえないだろうか?」
「分かりました。それだと、装飾が必要ですね……」
王家に献上する魔道具が、その辺りに売られているのと同じでは格好がつかないな。王家専用の特注品にしなければ。うまく行けば、普及版と豪華版の二種類で売りに出すことができるかも知れない。そうなれば、きっと収益の増加が見込めるはずだ。
俺はさっそくロザリアと共に魔道具の作成に入った。手慣れた手つきで魔道具を作る俺とロザリアを、アレックスお兄様とカインお兄様が興味津々とばかりに見ていた。
もしかすると、二人も魔道具の沼に入るかも知れないな。
そのうち魔法薬の沼に入る人も……クロエ辺りはどうかな? すでに俺の秘密を知っているし、都合が良いのではなかろうか。あ、でも、魔法薬のゲロマズ具合を知っているからなぁ。警戒するかも知れない。
今度、俺が作った魔法薬を飲ませてみようかな? きっと魔法薬の世界が広がるはずだ。
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