第71話 クロエと二人だけの秘密

 二人っきりになると、クロエがソワソワし始めた。これ以上、妙な誤解をされないうちに話をつけないと。


「クロエ、俺のお婆様が毒殺されたのはもちろん知っているよね?」

「ええ、もちろんよ」


 思わぬ俺の発言に戸惑った様子のクロエ。そんなクロエに勧められてテーブルに座る。『亜空間』スキルを使うとちょっと動けなくなるけど、今ならクロエ以外のだれにも見られないだろうし、大丈夫なはずだ。


「クロエ、二人だけの秘密にして欲しいことがあるんだ」

「何だか分からないけど、分かったわ」


 混乱気味のクロエがしっかりとうなずきを返してくれた。クロエは口調がきついところがあるが、素直で良い子だ。問題ないはずだし、もしクロエから漏れたとしても、俺はクロエを恨まない。


 俺はクロエの目の前で『亜空間』スキルを使った。見た目は黒い玉が出現するだけなのだが、そこに手を入れることで物を出し入れできるのだ。もちろん、この黒い玉は大きさを自在に変えることができる。


「な、何なの、それは!? ユリウス、そんなものに手を入れて大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。これはこの中に色んな物を収納できるスキルなんだよ」

「そんなスキル、聞いたことないわよ」


 困惑するクロエ。俺はそれに構わず、中から万能薬を取りだした。その瞬間、力がガクッと抜ける。だがイスに座っていたおかげで、倒れることはなかった。


「ユリウス、顔色が悪いわ。大丈夫なの?」


 鋭いな、クロエ。心配かけないように黙っていようと思ったけど、そうは問屋が卸さないらしい。秘密を共有してクロエとの信頼度を高めるためにも、正直に話すことにした。


「このスキルはとても便利なんだけど、中の物を出し入れするときに、体力と魔力を大量に消費するんだよ」


 そう言って、クロエを安心させるように笑いかけながら、万能薬をクロエに差し出した。七色の液体の入った魔法薬のビンを見つめるクロエ。


「これは?」

「万能薬だ。この魔法薬を使えばどんな毒でも治すことができる」

「どんな毒でも? これってすごい魔法薬じゃないの!?」

「そうかも知れないけど……濃縮した森の味だし、嫌な匂いがするので、飲むのは大変かも知れない」


 それを聞いたクロエの顔が引きつった。たぶんクロエも他の魔法薬のゲロマズ具合を知っているのだろう。ビンを手に取り、恐る恐る確認している。


「マーガレット様はこのようなすごい魔法薬を作ることができたのね。これを持ち歩いていれば、マーガレット様も一命を取り留めることができたのに。この万能薬は一つしかないのかしら?」


 顔を曇らせたクロエが聞いてきた。もしかするとクロエはお婆様と会ったことがあるのかも知れないな。それもそうか。王城で葬儀が長く行われるくらいだ。かなりの交流があったとしてもおかしくないな。


「素材がなくて一つしか作れなかった」

「それって……それってもしかして!?」

「うん。それを作ったのは俺だよ」


 クロエの目がまん丸になった。きっと鳩が豆鉄砲を食ったときは、こんな顔をしているのだと思う。その表情に思わず吹き出してしまった。


「ちょっと、ユリウス、笑い事じゃないわよ!」

「ごめんごめん、クロエの顔があまりもかわいかったからさ」

「か、かわいい!?」


 今度はクロエの顔が茹で蛸のように真っ赤になった。クロエはちょっときつめの顔をしてるからな。かわいいって言われたことなかったのかな? そんなバカな。


「俺が万能薬を作ったことを知っているのは、たぶん、ウチの騎士団長のライオネルと両親だけだと思う。あとはクロエだね」

「まさかユリウスが魔法薬を作れるだなんて……でもこれ、本物なの?」

「クロエが疑うのも当然だね。あとで鑑定してみるといいよ。その方がクロエも安心して使えるだろうしね」

「べ、別にユリウスを疑っているわけじゃないわよ。ただ、魔法薬を作って良いのは、魔法薬師としての資格を持っている人だけだって聞いていたから……」


 バツが悪そうにクロエがうつむいた。そんな顔する必要はないのに。クロエの言ったことはすべて正しい。むしろ俺だからと言ってまったく疑わない方が危険だろう。


「クロエの言う通りだよ。俺は魔法薬を違法に作っている。バレたらギロチンになるかもね」

「絶対にだれにも言わないわ」


 俺が言い終わる前にクロエが即答した。目が完全に据わってる。何か、えも言われぬすごみがあるな。ゾクゾクしてきた。クロエを怒らせてはいけない。ダメ、絶対。


「この万能薬をクロエに渡したいと思っていてね。それでこうして無理やり二人だけの時間を作ってもらったのさ」

「そうだったのね。ちょっと残念、じゃなかった、どうしてこれを私に?」

「万が一に備えてだよ。真犯人の本当の狙いが王族かも知れないからね。毒を中和できる魔法薬を作れる可能性があったのは、偉大な魔法薬師のマーガレット様だけ。それがいなくなれば……」

「お父様を毒殺できる……」


 俺はクロエにうなずきを返した。想像していなかったのか、クロエの顔色が真っ青になっている。だがしかし、その可能性は十分にあり得ると思う。

 恐らくすぐではないだろう。ほとぼりが冷め、王都が再び落ち着きを取り戻した頃に犯行を起こす可能性は十分にある。


「クロエ、大丈夫だよ。そのための万能薬さ。ただし、飲むのに勇気が要るけどね」


 俺の冗談にクロエが少しだけ笑ってくれた。


「ユリウス、さっきのスキルを使ったから、しばらくは安静にしておかないといけないんでしょう?」

「そうだね。それでも少し休めば大丈夫だよ」


 それを聞いたクロエがニッコリと笑った。良く分からないけど、俺もニッコリと笑い返した。


「それじゃ、私のベッドに横になりなさい。その方が早く回復できるはずよ」


 クロエが自分のベッドを勧めてきた。

 どうしよう。

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