第69話 武勇伝
全員がそろったところで久しぶりの家族そろっての食事になった。そこにお爺様とお婆様の姿はなかったが、お互いに無事に再会ができたことを喜んだ。
「アレックスお兄様、学園はしばらくお休みなのですか?」
「そうなんだけど、自殺していたとはいえ、犯人が見つかったからね。そろそろ再開されるはずだよ」
「大丈夫なのですか?」
俺の質問に、アレックスお兄様が眉をハの字に曲げて困り顔で笑っている。
「しばらくの間、寮ではなくここに帰って来ることにしているよ。昼食も持参するつもりさ。ほとんどの王都にタウンハウスを持つ貴族がそうするんじゃないかな? 学園側もそれを認めているよ」
「それなら安心できそうですね」
お兄様だけでなく、王都に住んでいる人たちは不安になっていることだろう。せめて真犯人さえ分かれば、何が目的なのかが分かるかも知れないのに。
「ユリウスとロザリアには、せっかく王都まで来てもらったのだが、外でものを食べさせるわけにはいかない。不自由をさせることになるが必ず守るように」
「分かりました」
「分かりました」
王都では、ハイネ辺境伯領では見ることができないようなお菓子を売る店が、いくつも並んでいたはずだ。それを堪能できないのはちょっと残念だな。だがしかし、時期が悪かった。王都が落ち着くまではお預けになりそうだ。
「お父様、お婆様の葬儀はいつまで行われる予定なのですか?」
「おそらく、今シーズン中はずっと行われることになるだろう」
「それだけお婆様がこの国にとって重要な人物だったというわけなのですね。……やはり犯人の狙いはお婆様だったのでしょうか?」
俺の質問にその場が静まり返った。気になっているのは俺だけではないはずだ。お父様がナイフとフォークを置いた。
「亡くなった人たちの中で、一番の重要人物が母上だったからな。その可能性は十分に考えられる。母上は弟子を取らなかった。ご自身の魔法薬の知恵と技術を決して公開しなかったのだ。そのせいで、どこかで恨まれていたのかも知れない」
「お婆様はだれかから恨みを買っているようなことを、何か言っていなかったのですか?」
お父様が首を左右に振った。身に覚えがないということか。お婆様を殺しても、魔法薬の知恵と技術が手に入るわけではない。お婆様の地位なら手に入るかも知れないが……高位の魔法薬師には自分の実力でなれるものだし、得られるとすれば魔法薬ギルドでの地位くらいだろうか?
「お婆様は魔法薬ギルドでの地位は高かったのですか?」
「名ばかりではあったが、魔法薬ギルドの副会長だったよ。だが、王都ではなく、ハイネ辺境伯領を活動拠点にしていたので、ほとんどつながりはなかったと言えるな」
「その副会長の座を狙ったのでしょうか?」
「今はその線で捜査が行われているようだ。魔法薬ギルドの連中が、その線で捜査されていることを知っているのかは分からないがね」
深いため息とともにそう言った。明らかに不愉快に思っているようだった。これ以上、この話題はやめた方が良いな。せっかく久々にそろった家族での夕食がまずくなってしまう。話題を変えなきゃ。
「今日の夕食はおいしいですね。王都まで来る途中の町や村で食べたご飯もおいしかったですが、さすがに王都の料理は違いますね。しっかりと味付けされている感じがします」
「王都では色んな香辛料が手に入るからね。ユリウスが知らない香辛料も入っているかも知れないよ」
アレックスお兄様が俺のあからさまな話題の転換に乗ってくれた。さすがは頼りになるお兄様だ。そして王都にはまだ見ぬ香辛料があるらしい。香辛料の多くは魔法薬の素材として使うことができる。塩だって、立派な魔法薬の素材だ。
「それは気になりますね。王都にいる間にぜひ見に行きたいところですね」
「ほとんどの香辛料は調理場にそろっていると思うけど、実際に香辛料を売っているお店をのぞいてみるのも良いかもね。怪しい香辛料もたくさんあるみたいだよ」
ニコニコとアレックスお兄様が教えてくれた。どうやらお兄様は王都にずいぶんと詳しいようである。学園が休みの日には、王都を歩き回っているのかな? ちょっとうらやましい。
「食べ物が食べられないなら、せめて他のお店を見て回りたいですね」
「それなら連れて行ってあげるよ。学園も明日から再開されるわけじゃないからね」
「アレックスお兄様、私も一緒に行きたいですわ」
「そうかい? それならロザリアも一緒に行こうか」
「はい!」
うれしそうにロザリアが返事をした。それをお母様が笑って見ている。
「ロザリアはずいぶんとユリウスになついているみたいね。私たちが知らないところでまた何かあったのかしら?」
あ、何だかお母様の笑顔が怖いぞ。お父様も片方の眉を上げてこちらを見ている。これは疑われいるやつだ。
俺は別に何も……やったか。魔道具をいくつか作ったし、道中に現れたグレートビッグボアを倒したんだった。これはまずい。何とかロザリアの口を封じなければ。いや、封じてもそのうちバレるか?
「お兄様と一緒に、髪の毛を乾かす『冷温送風機』の魔道具をたくさん作りました。他にもお兄様は訓練場にお風呂を作ったり、襲ってきた魔物を倒したりしたんですよ!」
「ロザリア、その話をお母様に詳しく教えてもらえないかしら?」
「もちろんですわ」
こうしてロザリアの武勇伝が始まった。主人公は俺。やや脚色されたところもあったが、大体その通りであった。グレートビッグボアの討伐の話では、お母様の顔が引きつっていた。
お父様はライオネルからその話を聞いているようであり、手を額に当てて天を仰ぎ見ていた。どうやらお母様を心配させないようにするために、時間をおいてから話すつもりだったようである。
「ユリウス、ライオネルからは大体の事情を聞いている。だが、今後は何かあれば、必ず、私に手紙を送るように。良いな?」
「……はい」
何か別の方向で気まずい状態になってしまったぞ。場の空気を良くしようと思っただけなのに、気がつけばまた不穏な空気になっている。主に俺の周りだけなのだが。
もちろんその後、冷温送風機の魔道具を一つ作ることになった。たぶん、いくつも作ることになりそうな気がする。
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