第68話 プレゼント

 王城へは明日向かうことになった。さすがにもう夕暮れが近い。今から行っても、ゆっくりと別れを惜しむことはできないだろう。


「お父様、どのくらいの方が亡くなられたのですか?」


 荷物を部屋に片付け、ようやく落ち着いたところで尋ねた。場所は庭を一望できるタウンハウスのサロンである。このサロンには俺とお父様しかいない。お母様とお兄様二人はロザリアに付き添っているようである。


「全部で四十三人だ。全員が同じ店で食事をしていた人たちだ。その店は貴族も多く通う有名店でな。私たちも行ったことがある店だよ」

「無差別だったのですね」

「そういうことになっている」


 どうやらお父様は俺の言いたいことが分かっているらしい。俺はお婆様が狙われたのではないかと思っている。お父様も同じ意見のようだ。


「犯人は分かっているのですか?」

「あの店の従業員がそうだったみたいだ。犯行のあと自殺していたので目的が何なのかは分からないままだがな。恨みがあったのか、それともだれかに依頼されたのか」


 お父様が物憂げに答えた。普通の解毒剤が効かない毒を一般的が持っているだろうか? 持ってないよな、普通。ということは、だれかが背後にいるというわけだ。お父様もそのことには気がついているだろう。


 一体だれが、何の目的でこんなことをしたのだろうか。解毒剤が効かない毒。その毒を無効化できるのは、今のところ、俺が持っている万能薬だけなのかも知れない。


「使われた毒については何か分かったのですか?」

「現在調査中らしい。王都の魔法薬ギルドが動いているようだが、母上が亡くなってしまったからな。この国で最高の知識と技術を持つ魔法薬師を失った上に、こんな状況にもかかわらず、後釜を巡って魔法薬ギルド内で対立しているらしい」


 こんなときでも自分たちの利益だけを得ようとしているのか。魔法薬ギルドもあまり期待できないのかも知れないな。これは新しい解毒剤が作られるのは当分先のことになりそうだ。

 味を占めた相手がさらなる犯行に及ぶのではないかと心配になってきた。


「そうだ、母上からユリウスに渡してくれと頼まれたものがあるんだった。ちょっと待っていてくれ」


 そう言うとお父様が席を外した。お婆様が俺に? どうやらお婆様は毒が回ってからもしばらくは生きていたようだ。今回使われた毒は即効性があるわけではないらしい。それなら治療薬を飲む時間くらいはありそうだ。


 そんなことを考えていると、お父様が分厚い本を持って戻って来た。あの本がそうなのだろう。ずいぶんと年季が入っているようで、見るからにボロボロである。


「ユリウス、受け取ってくれ。魔法薬師を志すユリウスへのプレゼントだそうだ」


 渡されたのは魔法薬のレシピ集だった。それも多分、秘中の秘のものだろう。どうやらお婆様は死の間際に、自分の持っているすべてを俺に託すことにしたらしい。

 ボロボロになっているところから、もしかしてお婆様の師匠から受け継いだものなのかも知れない。


「大事にします」

「その本についてはしばらく黙っていた方がいい。それを欲しがる魔法薬師がたくさんいるだろうからな」

「分かりました。そうします」


 俺はこの場で中を確認するのをやめて部屋に戻った。

 このままこの本を他の荷物と一緒に置いておくのはまずいだろう。あまりやりたくなかったが、亜空間にしまっておくことにしよう。

 亜空間を開く魔法は体力と魔力を大量に消費する。だから本当はあまりやりたくない。ゲーム内でも安全な場所でしか使うことができなかった。


 便利なんだけど、いざと言うときに亜空間に入れた物を取り出すことはできない。基本的に、重要なアイテムだが、滅多に使うことがないものだけを収納するスキルになっていた。

 亜空間にしまう前に、ちょっとだけ本の中をのぞいて見ることにした。


 パラパラと本をめくる。様々な魔法薬の作り方が載っているようだが、すでに知っている魔法薬ばかりだった。しかも材料は同じなのに、作り方がデタラメなものが多い。これじゃゲロマズ魔法薬しか作れない。これわざとやってないか? と思うものも多々あった。


 しかし、得られたものもあった。いくつかの魔法薬は知らないものがあったし、知らない素材もいくつか発見した。この未知の素材を使えば、だれも知らない新しい魔法薬を作ることができるかも知れない。ちょっとワクワクしてきたぞ。


 詳しく読み解くのはハイネ辺境伯家に戻ってからにしよう。俺は『亜空間』スキルを使った。次の瞬間、ガクッと体の力が抜け、思わず膝をついた。これは人前では使えないな。こんな状態をだれかに見られたら心配されてしまうだろう。それに隙だらけだ。

 開いた亜空間にお婆様の形見の本、それと一緒に万能薬を大事にしまうと、すぐに亜空間を閉じだ。よし、だれにも見られてないな。


 夕食の準備ができたと使用人が呼びに来るまでの間には、何とかまともに歩けるようになっていた。せめて初級魔力回復薬を持っていれば良かったのだが、先日の万能薬を作成するときに全部使ってしまっていた。


 また地道に魔力草を集めないといけないな。花壇と言う名の薬草園も、もっと拡張する必要があるかも知れない。そうなると、さすがに目立ち過ぎるかな? どうしよう。


 食堂にはすでにお母様とロザリアの姿があった。久しぶりに再会したお母様に甘えているのか、ロザリアがベッタリとお母様にひっついていた。うらやましい。俺もひっつきたい。


「ユリウス様、顔色が悪いわ。こっちへいらっしゃい」


 う、鋭いな、お母様。俺は自分の体力と魔力を消耗していることを怪しまれないように、素直にそれに従った。

 俺がお母様のそばに行くと、お母様がギュッと抱きしめてくれた。柔らかいお母様の感触が全身に行き渡るような気がした。


「悲しいのはあなただけじゃないわ。みんな一緒よ。だからあなたも、我慢をせずにもっと甘えても良いのよ」


 どうやら少し誤解があるようだが、お爺様とお婆様が突然亡くなって悲しいのは確かだ。みんなが食堂に集まるまで、このまま甘えさせてもらうことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る