第67話 悲報

 大きな壁の前までやって来た。ここまで来る途中にあった街もずいぶんとにぎわっていた。道もしっかりと舗装されていたし、着ている服装も小奇麗にしている人が多かった。もちろん、遠目にスラム街みたいな場所も見えた。どうもあの場所にわざと固めて、監視しているような感じがあるな。さしずめ「王都の闇」と言ったところか。


 壁の向こう側へ行くためにはどうやら手続きがいるようである。すでにたくさんの人が並んでいた。現在の時刻は大体三時のおやつの時間帯だ。この調子では日が暮れるまでに、中に入れないかも知れない。


「ライオネル、これ大丈夫かな? 今日は壁の外側の宿に泊まって、明日の朝、出直した方が良いんじゃないのか?」

「その必要はありませんよ。あの人がたくさん並んでいる場所は庶民用の入り口です。向こう側に、貴族専用の入り口があります」

「なるほど。世知辛い世の中だな」


 どうやらしっかりと区別されているようである。差別ではない。俺たち一行はもちろん貴族専用の入り口へと向かった。

 こちらはさっきの場所よりもまだマシなようである。


「馬車がたくさん並んでますわ」

「そうだね。みんなも中に入るみたいだね」


 馬車の窓から身を乗り出して外を観察するロザリア。落っこちないようにその体を支えながら、一緒に外を観察した。ロザリアの言う通り馬車だらけだ。人の代わりに馬車がいるみたいだった。


「おかしいですな。社交界シーズンの始まりでもないのに、これほどまで馬車が並んでいるのを初めて見ました」


 ライオネルが首をかしげている。どうやら普段はもっと少ないようである。


「貴族が集まるような何かがあったのかな?」


 何だか嫌な予感がしてきた。杞憂だったら良いのだが。

 程なくして俺たちの番が回ってきた。ライオネルが代表で対応してくれている。俺も一応、今後のためにライオネルの隣について、手続きのやり方を見せてもらった。


 どうやら貴族のサイン入りの証明書がいるみたいである。それを兵士に見せて、確認が取れれば通してもらえるようだ。無事に手続きは終わったようで、兵士が敬礼している。

 俺が馬車に乗り込むと、すぐに動き出した。


 薄暗い石造りのトンネルを抜けると、石畳の大きな通りが目に入った。その美しく整った光景にロザリアが歓声を上げている。

 ハイネ辺境伯領の領地も王都に負けていないと思っていたのだが、この光景を見るとまだまだ足りないように思ってしまう。


「ユリウス様、お屋敷まではもうしばらくかかります」

「分かった。人を引かないように、焦らずに進んでくれ」


 王都の道は人と馬車の通る場所か決まっているようである。歩道と車道に別れていると言えば分かりやすいかも知れない。歩道には人が行き交っており、ときどき車道にもはみ出してくる。


 交通マナーの悪さはどこも同じようである。王都は特に人が多い。気をつけて馬車を走らせないと、本当に人を引きかねない。

 この辺りは庶民の家が多いのかな? こぢんまりとした小さめの家が建ち並んでいる。


 さらに奥に進むと商業区になったようだ。先ほどよりも一段と人の数が増えた。それに従って、馬車の速度も遅くなる。窓から見える景色にも、店の前に並んだ商品が次々と目に入ってくる。


「お兄様、あそこのお店に行ってみたいですわ」


 ロザリアが魔道具専門店を指差した。どうやらかわいい妹は着々と魔道具師としての道を歩んでいるようである。この年齢の女の子はお花や、ぬいぐるみの方が興味がありそうなものなのだが。


「そうだね。今度、お父様とお母様に連れて行ってもらおうか」


 残念ながら今行く時間はないのだ。すべてが片付いて、時間があれば行けるかも知れない。それよりも早いところ、ハイネ辺境伯家のタウンハウスにたどり着かないと。

 商業区を抜けると周囲が段々と静かになってきた。人通りも先ほどよりもずっと少なくなり、馬車の数が増えてきた。どうやら貴族が多く住んでいる地区に入ったらしい。


「ユリウス様、ロザリア様、間もなくお屋敷に到着します」


 窓から見える景色は、いつの間にか立派な家が建ち並ぶ景色に変わっていた。庭はあったり、なかったりしている。王都の土地は限られているので、庭を持つことができるのは一部の高位貴族だけなのだろう。


 馬車は庭を持つ屋敷の前で止まった。どうやらここがハイネ辺境伯家のタウンハウスのようである。騎士の一人が中に入って行く。俺たちが到着したのを報告しに行ったのだろう。その間に俺たちは馬車から降りた。


「領都の屋敷よりは小さいけど、周辺の屋敷と比べると大きいね」

「かわいらしくて素敵ですわ」


 ロザリアは気に入ったようである。そのままライオネルたちに連れられて玄関へと向かう。乗ってきた馬車は庭の方へと向かって行った。どうやらあっちに馬車を置く場所があるみたいだ。


 玄関前で待つことしばし。扉が開き、俺たちは屋敷の中に入った。そこではすでにお父様とお母様、アレックスお兄様とカインお兄様の姿があった。カインお兄様はともかく、アレックスお兄様もいるとは。確かこの時期は学園に行っているはずだったと思うのだが。


「よくぞ無事にここまで来たな。馬車での旅は大変だっただろう?」


 そう言って笑うお父様の声には元気がない。お父様だけではない。他の家族もみんな元気がなかった。


「ええ、それなりに大変でしたけど……お父様、お爺様とお婆様の具合は?」


 お父様が目をつぶり、首を左右に振った。お母様たちも顔を伏せている。


「残念だが、二人ともすでに亡くなったよ。葬儀はすでに済ませてある」


 どうやら間に合わなかったどころか、俺たちのところに手紙が届いた頃にはすでに亡くなっていたようである。だから「急いで」ではなく、「なるべく早く」だったのか。どれだけ急いでも、もう間に合わないからね。

 それを聞いたロザリアがお母様に抱かれてワンワンと泣いている。


「そうだったのですね。せめて葬儀には参加したかったですね」

「それなら、王城で開かれている葬儀に参加するといい。お前のお婆様は高位の魔法薬師だったからな。国内外から、かつて世話になった人たちが集まるそうだ」

「分かりました。そうさせていただきます」


 王都に入る入り口付近に貴族の馬車が多かったのは、どうやらお婆様の葬儀に参加する人たちが集まって来ていたからのようである。それだけお婆様の魔法薬が、多くの人たちを救っていたということなのだろう。早すぎる死を悼むことしかできなかった。

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