第63話 万能薬

 まずは上級回復薬を作る。素材は薬草にケアレス草、森ヘラジカの角、パープルスライムの粉末だ。ケアレス草がかなりしなびてしまっている。もしかすると、俺が思っている以上に入手困難な素材なのかも知れない。


 それぞれの素材を粉末状に加工するべく、『ラボラトリー』スキルを使った。粉末状になった素材の分量を慎重に量り取る。分量が少しでも違えば、極端に品質が下がってしまう。それが上級回復薬を作る難易度を上げている。


 この繊細な作業はこの世界で使われている天秤では難しいかも知れない。正確な分銅を作ることができれば可能かも知れないが、今はまだ無理そうだ。

 取り分けた素材を準備しておいた蒸留水の中に入れて、温めながらよく混ぜる。だんだんと紫色になってきた。


 均一な紫色になったところで温めるのをやめて、不純物を取り除く。これで上級回復薬の完成だ。出来上がったものを魔法薬ビンに取り分ける。透明な紫色の液体が出来上がった。


 上級回復薬:普通。傷を癒やす。効果(大)


 品質は普通だ。やはり素材がかなり痛んでいたようである。こればかりは仕方がない。普通の品質まで持っていけたことを喜ぶべきなのかも知れない。

 すぐに次の強解毒剤の作成に取りかかった。


 毒消草にケアレス草、ガガンボの抜け殻、マルクの実。毒消草以外はどれも品質は良くない。でもこれで作るしかない。ラボラトリーの中に素材を放り込むと、先ほどと同じように粉にする。

 今度はそれをタブノールに混ぜる。その溶液をしっかりと振り混ぜると、色が黄緑色になった。


 その溶液から不純物を取り除きビンの中に入れる。そのビンにひたすら空気を送り込んで乾燥させる。タブノールは揮発性が高いため、すぐにドロッとした、濃い黄緑色の液体だけがほんの少しだけ残った。

 あとはその液体を蒸留水で薄めれば完成である。最終的に、黄緑色の透明な液体が出来上がった。


 強解毒剤:普通。毒を無効化する。効果(大)


「普通か。仕方がないのかも知れないが、実力不足を感じてしまうな。ダメだ、ダメだ。今は落ち込んでいる場合じゃない。万能薬を作らなければ」


 ここまでは順調……なのか? 品質が気になるが順調ということにしておこう。問題はここからだ。万能薬の素材は一回分しかない。ミスは許されない。


「大丈夫。俺ならやれる。俺は魔法薬師のトップランカーだぞ。できる、できる、絶対できる」


 俺は箱の中に厳重に保管されている世界樹の葉とドラゴンの血を取り出した。どちらも品質は最低品質である。あるだけマシと言ったところだろうか。どのくらい成功率が落ちるのか、計算するのが怖い。


 上級回復薬、強解毒剤、世界樹の葉、ドラゴンの血を『ラボラトリー』の中に入れる。それらに圧力を加えながら少しずつ加熱していく。

 本来ならばその状態を三日ほど維持する必要があるのだが、『ラボラトリー』スキルなら話は別である。


 一気に『ラボラトリー』の中の時間を濃縮させて、三分で終わらせる。魔力がゴリゴリ削れているのが分かる。頭がフラフラしてきた。それでも手持ちの初級魔力回復薬をガブ飲みしながら耐える。

 そしてついに、七色の魔法薬が完成した。


 万能薬:低品質。あらゆる毒を無効化する。濃縮した森の味。不快な香り。


 あまりの品質の悪さに、膝から崩れ落ちそうになった。頑張ったのに……。それでも、無事に完成したことを喜ぶべきだろう。

 素材が入っていた箱を元の通りに閉めて鍵をかけると、フラフラした足取りで部屋の外に出た。

 外ではライオネルが待っていた。


「ユリウス様! しっかりして下さい!」

「大丈夫だ、ライオネル。万能薬はできたぞ」


 七色の液体が入った魔法薬のビンをライオネルに見せる。ライオネルは首を左右に振った。


「心配しているのは万能薬が完成したかどうかではありません。ユリウス様のお体のことです」

「そっちも大丈夫だよ。ちょっと魔力を使いすぎただけだ。寝れば元に戻る。それよりもこれを」


 差し出した万能薬をライオネルは受け取らなかった。


「それはユリウス様が持っておくべきものです。私には荷が重すぎます」

「そうか……分かったよ。それよりも、出発の準備は?」

「……もう少し時間がかかります。出発は明日の朝になるでしょう」


 ライオネルはウソをついている。

 ハイネ辺境伯家の緊急事態だ。準備はすでに終わっているはずだ。だからこそ、この場でライオネルが待っていたのだ。

 だが、それを言ったところで今日のうちに王都に向かって出発することはないだろう。それはきっと、俺のせいである。




 翌日、朝早くから王都に向かって出発した。当然のことながらライオネルもついて来る。ハイネ辺境伯家の執務が滞ることはないだろうが、何かあった場合は非常に困ることになる。残った使用人たちには決定権がないのだ。

 これを機に、お父様は自分の代わりになる代官を置くことも、考えるべきなのかも知れない。


 本来ならばお爺様がその役割を果たすべきなのだが……心配性のお爺様はお婆様について王都へ行ってしまった。まさかこんなことになるとは思ってもみなかったことだろう。

 王都までは早くとも四日はかかるそうである。だがしかし、今回はロザリアがいるので余裕を持って五日から六日の日程で組んでいるそうである。


「この日程なら途中で野宿を挟む必要がない……か」

「そうです。まだ幼いロザリア様に野宿をさせるわけにはいきません」


 ライオネルが手に持った計画書を見ながら言った。緊急だったとはいえ、しっかりと宿も押さえているようである。さすがだ。


「私は別に野宿でも構いませんわよ?」

「ロザリア、野宿がどんな感じなのか知ってる? 虫がたくさん出てくるんだよ? 足がたくさんある虫とか、天井からぶら下がってくる虫とか……」

「ヒッ!」


 どうやら覚悟が足らないようである。いかに気温が下がってきてるとは言え、この世界の生き物はたくましい。雪で閉ざされるまで、いや、雪に閉ざされても活動するのをやめない昆虫がたくさんいるのだ。

 そのおかげで、虫除けのお香や、かゆみ止め軟膏が冬でも売れるのだ。


「お兄様の力で何とかならないのですか?」

「んー、さすがに難しい……こともないのか?」


 魔物だけでなく、虫も入らないように設定した結界の魔道具を作れば……。


「お兄様!?」

「い、いや、さすがに俺でも無理だよ。無理、無理」


 アハハと笑う俺をロザリアが目を細めて見ていた。

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