第62話 火急の知らせ

 エドワード君たちに設計図を送り、ファビエンヌ嬢たちのために冷温送風機を作り上げた。出来上がった冷温送風機をファビエンヌ嬢たちに届けてもらうように手配をすると、すぐに冷温送風機の設計図を魔道具師に売り払った。


 ハイネ辺境伯家のお抱え魔道具師たちは喜んでいたな。ついでにシャワー関連の魔道具も売った。こちらは冷温送風機のような爆発力はないだろうが、ジワジワと売れるはずだ。


 これでようやく一息ついたな。そろそろ魔法薬の開発を再開しても良いかも知れない。でも、問題なのが魔法薬の素材なんだよね。街で購入できないから、作れる魔法薬が限られてしまう。手持ちで作れる魔法薬は、せいぜい中級回復薬程度である。

 素材さえあれば、もっと良い物を作ることができるのに。


「ユリウス様、旦那様から手紙が届いております」

「お父様から? 何だろう」


 昼食を食べ終わったころ、使用人が一枚の手紙を持って来た。王都の家族には定期的に手紙を送っている。前回、王都から来た手紙の返事は今日書く予定だったので、連続で王都から手紙が来るのはおかしい。


 何だか嫌な予感がした。隣に座っている妹のロザリアも、うかがうように俺の顔を見ている。使用人からペーパーナイフを受け取って、中の手紙を確認する。

 血の気が引いた。


「お爺様とお婆様が倒れただって……?」

「お兄様」


 思わずつぶやいた俺の声をロザリアが拾った。安心させるようにロザリアの頭をなでながら続きを読む。

 手紙によると、王都のとある飲食店で提供された食事の中に毒が混じっていたらしい。そして、たまたまそこで食事をしていたお爺様とお婆様が毒で倒れたらしい。

 現在療養中とのことだが、万が一に備えて、俺とロザリアも王都に来て欲しいとのことだった。


 ……本当に「たまたま」だったのだろうか? お爺様を、いや、お婆様を狙ったという可能性はないだろうか? お婆様はこの国でも有数の高位の魔法薬師だ。お婆様がいなくなれば、我が国に大きな影響を及ぼすだろう。それが何を意味するのか。


「お兄様?」

「ああ、すまない、ロザリア。これから急いで王都に行くことになるよ。王都までの道のりは楽じゃないって聞いているから、それなりに覚悟しておいてね。俺はライオネルに相談してくる」


 そう言ってロザリアに手紙を渡した。それを読んだロザリアが小さな悲鳴を上げて俺にしがみついて来た。

 何とかロザリアの頭をなでて落ち着かせると、あとのことを使用人に任せて急いで騎士団の宿舎へと向かった。




 宿舎にたどり着くと、ちょうど休憩時間だったようである。タイミング良くライオネルが執務室にいた。


「ライオネル、まずいことになった。お婆様が毒にやられた」

「何ですと! マーガレット様が!? ご容体は?」

「分からない。お爺様と一緒に倒れたとしか書いていなかった。でも俺は容体が切迫していると思っている。なるべく早く王都に来て欲しいと手紙に書いてあった」

「すぐに出発の準備を整えます」


 ライオネルやその場にいた騎士たちが慌ただしく動き出した。間に合うか? でも、やるしかないな。


「ライオネル、お婆様の調合室を使いたい」

「ユリウス様……」

「あそこなら俺が欲しい素材があるかも知れない。どんな毒でも中和できる『万能薬』を作る。もしかすると、間に合うかも知れない」

「……分かりました。ですが、何かあったときの責任はすべて私が取ります。それを了承していただかなければ、使わせるわけにはいきません」


 ライオネルが強い瞳でこちらを見てきた。俺はあの目を知っている。絶対に引かないという、覚悟の目だ。


「分かった。約束しよう」

「直ちに鍵を持って参ります」


 ライオネルが駆けだして行った。俺は部屋に戻り、隠しておいた初級魔力回復薬をあるだけ袋に詰めると、お婆様が過ごしている別館へと急いだ。

 素材さえあれば万能薬は作れる。失敗の心配は要らない。何度も作ってきたし、成功率は百パーセントだ。自信を持て。


「ユリウス様、鍵をお持ちしました」

「ありがとう。お父様のゲンコツくらいで許されると良いんだが……」

「私もお供しましょう」


 別館の三階にある調合室にたどり着いた。扉には厳重に鍵がかかっている。それをライオネルが慎重な手つきで開けた。

 扉を開くと、以前に一度嗅いだことのある初級回復薬の嫌な臭いがした。


「ここがお婆様の新しいアトリエか。素材の入っている箱は……あれかな?」


 部屋の中に置いてある金属製の箱を見つけた。そこにも鍵がかかってある。ライオネルが確認し、ガチャガチャと鍵を開けた。


「鍵は開きました。中に何が入っているか分かりませんので、気をつけて確認して下さい」

「分かったよ、ライオネル。ここからはもう大丈夫だ。王都に向かう準備を急いでくれ」

「かしこまりました。鍵はここに置いておきます」


 俺が魔法薬を作るところを見せたくないことに気がついたのだろう。ライオネルが大人しく従った。さすがはライオネル。『ラボラトリー』スキルを使うつもりだったので、その方が正直、助かった。


 ライオネルが部屋から出たのを確認してから箱を開けた。中には見たことがない素材も混じっていたが、ほとんどが見たことがあるものばかりだ。


「上級回復薬は作れそうだな。強解毒剤も大丈夫。世界樹の葉は……一応あるな。保存状態が悪いけど、仕方がないな」


 机の上に必要な材料を並べていく。どれも貴重な素材ばかりである。数は作れないと思っていたのだが……。


「これはギリギリ一本分の材料しかないな。一人しか救えない……か」


 どうする? 今から素材を集めるか? いや、それは無理だ。俺じゃ魔法薬の素材を買うことができない。それにどれもレア素材だ。そう簡単に手に入らないだろう。

 一本しか作れないが、それでも作ろう。だれに使うかは王都についてから考えよう。

 俺は『ラボラトリー』スキルを使った。

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