第64話 王都までの道のり

 初日は問題なく予定している街まで到着した。だが、辺境伯と言うだけあって、領都から少し離れると、途端に街の規模は小さくなる。

 今日泊まる場所はまだ大きい方だ。ここから先はしばらく町、もしくは村に泊まることになるらしい。それでも野宿ではないのでずっとマシなのだそうだが。


 街に到着したのは夕暮れ時。そのまま街の中を見ることもなく宿に入った。すでに俺たちが来ることは伝わっていたようであり、すぐに店主が迎えてくれた。


 妹のロザリアはまだ元気そうだ。お尻が痛くなるといけないからと言って、フカフカのクッションを用意してもらったのが良かったのかも知れない。おかげで俺の尻もまだ大丈夫そうだ。

 夕食を食べながらライオネルに尋ねる。旅行中の食事はさすがにみんな一緒だ。


「ライオネル、この先、魔物が発生していたり、盗賊が出没したりしていると言った情報はないのか?」

「今のところありません。もちろん、斥候を出して進んでいるので心配は要りませんよ」

「そうか」


 黙々と食事を食べる。

 この時期は冬が到来する前の大事な時期である。王都までの道は冬ごもりするための食料や、生活必需品を乗せた荷馬車が多く行き来する。

 そしてそれを狙った盗賊があちこちで出没する。


 さすがに王都へ続く道は道幅もしっかりとしており、道沿いの領主が巡回用の兵士を派遣している。そのため、俺たちが進んでいる道は比較的安全な方だが、油断はできない。

 ちなみにこの街は我がハイネ辺境伯領にある街なので、巡回している兵士たちはハイネ辺境伯が責任を持って派遣している。


 これでこの辺りに盗賊がはびこっているなんてことがあったら見回りの兵士たちを説教しなければならないところだった。

 しかしながら、次の町からは隣の領地になる。ちょっと心配ではあるが、街道沿いを任されるくらいの領主だ。大丈夫だと思いたい。


 食事が終わると、体を拭いてベッドに入る。寝る以外にすることがないのだ。魔法薬を作ることもできないし、魔法の練習もできない。ロザリアと一緒にベッドに寝るしかなかった。


 隣で寝ているロザリアの顔色が優れない。きっと心配なのだろう。俺も心配だ。だがここで弱気を見せるわけにはいかない。俺が弱気になったら、ますますロザリアが心配する。


 翌朝、朝食を食べるとすぐに出発した。天気は快晴。天気がご機嫌斜めになる前に、できるだけ進んでおきたいところだ。

 だんだんと道が悪くなっていく。ガタン、と大きく馬車が揺れることが何度もあった。


「ロザリア、大丈夫かい?」

「お兄様……ちょっと気分が悪いですわ」


 どうやらロザリアは馬車に酔ったようである。これはまずいな。まだ王都までの道のりは長い。ここは用意しておいたあれを使おう。


「こんなこともあろうかと『酔い止め』を作っておいたよ」

「酔い止め?」

「そう。これを飲めば、気分が悪くなくなるよ」


 馬車を止めてもらって、少し休憩することにした。魔法でコップに水をそそぐと、酔い止めと一緒に渡した。


「甘いけど、噛まないようにね。噛んだら苦いよ。水でゴックンと飲むんだよ」

「分かりましたわ」


 ロザリアは素直に従ってくれた。その様子をライオネルが食い入るように見つめていた。

 すぐに復活したロザリアは、その後は上機嫌で揺れる馬車に乗っていた。だんだんと気分が悪くなってきた俺も酔い止めを飲んだ。

 予定通りにたどり着いた町でライオネルがここぞとばかりに聞いてきた。


「ユリウス様、先ほどユリウス様とロザリア様が飲んでいた薬は一体なんでしょうか?」

「え? あれは『酔い止め』だよ。知らない?」

「はい。初めて見ましたな。それで、その『酔い止め』を飲むと、もしかして、馬車酔いしなくなるのですかな?」

「うん。そうだよ。もちろん、効かない人もいるかも知れないけどね」


 おっと、もしかしてこの世界には、まだ酔い止めがないのかな? 確かゲーム内の酔い止めは魔法薬ギルドの納品アイテムの一つだったはず。だから一般的に売っていると思っていたのだが、どうやら違ったみたいである。


「ユリウス様、もしよろしければ、その『酔い止め』も騎士団の常備薬として、用意していただけないでしょうか? 騎士の中にも、どうしても馬車酔いしてしまうものがいるのです」

「分かったよ。用意しておく。そうだな、他にこんな薬があったらいいなって言うのがあれば教えて欲しい」

「そうですな、改めて皆にも聞いておきますが、今一番欲しいのは腹下しを抑える薬ですな」

「分かった。酔い止めと一緒に準備しておくよ」


 そうか。下痢止めもなかったのか。作っておこう。あとは水虫薬も作っておいた方が良さそうだな。たぶん必要になるはずだ。そうなるとやっぱり魔法薬の素材を買えないのが痛手だな。それさえ何とかできればいいのに。


 順調に旅すること四日目。とある村で足止めされることになった。ライオネルが話を聞いたところ、この村の付近でグレートビッグボアが出没したらしい。大変危険な魔物なので、今出発するのは危険だという話だった。


「どうやら今朝、目撃されたみたいですね」

「ずいぶんと間が悪いな。さて、どうしたものか」


 ライオネルが報告してきた。これは困ったことになった。いつ解決するかは分からない。すでに隣の町や村には知らせが走っているようだが、俺たちとは行き違ったようである。

 こんなときの対処方法は、近くの冒険者ギルドに頼んで、冒険者に討伐してもらうのが一般的なのだろう。だがそれだと、いつまでかかるか分からない。


「今から冒険者に依頼するとなると、少なくとも解決までには三日はかかりますな。下手をすればいつになるか分かりません」

「そうだな。その間、この村に滞在し続けるわけにはいかないだろう。よし、予定通り、明日この村を出発しよう」


 俺の宣言に騎士たちがギョッとした。ロザリアも不安そうに俺の腕にしがみついている。それを聞いて、先ほどから思案していたライオネルが口を開いた。


「お言葉ですが、危険ではないでしょうか?」

「ライオネル、ワイバーンとグレートビッグボア、どっちが危険なんだ?」


 ライオネルが納得したようにうなずいた。


「仰せのままに」

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