第59話 完成、シャワールーム
翌日、妹のロザリアからの手紙が届いた。若草色の便箋には、ロザリアの筆跡で「ありがとう」と「大好き」の言葉が何度もつづられていた。それを大事に机の引き出しにしまうと、朝食の席でロザリアにお礼を言った。
「手紙を受け取ったよ。ありがとう、ロザリア。ずいぶんとキレイな字を書けるようになったね」
「ありがとうございます。たくさん練習してますわ。だって、魔法陣を描くのに必要ですもの」
ロザリアが元気良く答えた。なるほど、魔道具で使う魔法陣を上手く描くために練習しているのか。ついでに字もキレイになるし、一石二鳥と言えばそうなるのかな?
「今日は、午前中は一緒に魔法の練習をして、午後からは好きなことをしていい時間になってるよ」
「お兄様は午後から何をするつもりですか?」
「午後からは訓練場を見に行くよ。あの感じだと、シャワールームと石けんが完成しているかも知れない」
「一緒に行ってもいいですか?」
「もちろんだよ」
喜んだロザリアは上機嫌で朝食を食べ始めた。
そうだ、魔法の練習のときに、地面を平らにする魔法を試してみよう。その魔法がうまく行けば、領都の道を整備することができるぞ。お父様たちが帰って来たら、きっとビックリするはずだ。
まだうまく行くとは限らないのに、一人でほくそ笑んでいると、ロザリアから奇妙な人を見るような目で見られた。慌てて朝食にかぶりついた。
朝食を済ませてからロザリアとぬいぐるみ遊びをしていると、魔法の先生が到着したとの知らせが来た。
俺たち二人はそろって、騎士団の魔法訓練場へと向かった。そこで待っていた先生に挨拶すると、さっそく魔法の訓練を始めた。
「カーネル先生、地面を平らにする魔法はないのですか?」
「地面を平らに? うーん、聞いたことがありませんね」
「お兄様、地面を平らにしたいのですか?」
「うん。地面を平らにできれば、道を平らにできるんじゃないかと思ってね」
「なるほど、道を平らにですか……」
カーネル先生は腕を組んで考え始めた。どうやら道を平らにする魔法はなさそうである。穴掘りの魔法や、土壁を作る魔法があるので、てっきりあると思ったのに。
まあ、穴掘りも、土壁を作る魔法も、どちらかというと軍事向けだもんね。
俺たちが習う魔法は戦いに向いた魔法ばかりだ。たぶん魔法は、攻撃用途としてしか、見なされていないのだろう。だから治癒魔法や、補助魔法がないのかも知れない。
「残念ながら、そのような魔法は存在しないかと思います。少なくとも、私は知らないですね」
「そうなのですね。残念です」
それなら自分で開発するしかないか。地面の地形を自由に変化させる魔法、「ガイアコントロール(仮)」の魔法を研究するとしよう。そのうち何とかなるだろう。
こうして魔法の訓練の時間が過ぎていった。
午後からは予定通り、訓練場の様子を見に行った。前回と同じく、邪魔にならないように、まずはシャワールームを作っている場所へと向かった。
「おお、これは完成したと言っても良いんじゃないかな?」
「これがお兄様が言っていたシャワールームですか?」
「そうだよ。近くに行って見てみようか」
俺たちが近づくと、職人さんたちが気がついたようである。すぐに親方を呼んできてくれた。
「ようこそ、ユリウス様」
「親方、ごくろうさま。どうやら完成したみたいだね」
「はい、おかげさまで。あとはユリウス様が作った魔道具を設置するだけになってます」
「そうか。それじゃ手伝うよ。何せ、俺が作った魔道具だしね」
「私も手伝いますわ!」
こうしてロザリアと一緒にシャワーの魔道具と、その他付属の魔道具を設置していく。配管は親方たちが手伝ってくれた。そしてようやくシャワールームが完成した。
シャワールームの隣の部屋には浴槽が設置されており、湯船につかることもできる。
「試しにだれかに使ってもらうのが一番なんだけど……そうだ、先にちょっと石けんの様子を見てくるよ。石けんが完成していれば、石けんの使い心地も試してもらえるしね」
俺はすぐに石けんを作っている宿舎へと向かった。そこには厳重に警戒する騎士の姿があった。そんなに大事だったのか、石けん……。
「石けんはできあがった?」
「これはユリウス様。おそらく完成したものと思われますが……」
「どれどれ……うん、しっかり乾燥できてるみたいだね。これなら石けんとして使うことができるよ。シャワールームが完成したから、試運転のついでに石けんも使いたいと思っているんだけど、少し分けてもらえないかな?」
「いいですとも。切り分ければよろしいですか?」
「うん、それでいいよ」
ここで作っている石けんは棒状になっていた。それを好きな大きさに切って使うつもりである。そこから三センチほどの厚さに切ってもらった。それを持ってシャワールームへ戻ると、すでにウワサを聞きつけたのか、女性騎士が集まって来ていた。もちろん、男性騎士の姿もある。
「ユリウス様、シャワールームが完成したと聞いたのですが?」
「うん、完成したよ。石けんも完成したから、良かったら使ってみてよ」
石けんを女性騎士に手渡した。それをしっかりと確認する騎士。目が大きく見開いている。
「これが私たちが作った石けん」
「香水の原液とかで匂いをつけられたら良かったんだけどね。今回はそれで許して欲しい」
「許すだなんてとんでもない! さっそく使わせてもらいますわ」
キャーキャー言いながらシャワールームに入って行った女性騎士たちが、それほど時間をかけずにツルツルの肌になって出てきた。外で待っていた男たちがぼうぜんとしていた。
「ユリウス様、シャワールームもこの石けんも、最高ですわ。汚れがこれほど落ちるだなんて思いませんでした」
「それにシャワールームを使えば短時間で体を洗うことができますわ。これは素晴らしい設備です」
絶賛する女性陣。それにつられて男性用のシャワールームに入って行った男性陣も、爽やかになって出てきた。さっきまでの泥まみれ、汗まみれがウソのようである。
「今まであまり気にしてなかったが、もう井戸水を頭からかぶるだけの生活には戻れないな」
「ああ、そうだな。戻れそうにない。石けんが欲しい」
「俺もだ」
どうやら男性陣にもなかなか好評のようである。親方たちにも使ってもらうと、爽やかになったイケオジたちが現れた。そんなばかな。そして、ものすごく気に入ってもらえた。
親方や職人たちは「この設備を欲しいという貴族や商人たちが必ずいるはずだ」と太鼓判をおしてくれた。
この分だと、あちこちに触れ回ってくれそうだぞ。今のうちにシャワールームを作るために使った魔道具の設計図を売り払っておこう。あとは任せた。
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