第58話 久しぶりの領都

 翌日、ジャイルとクリストファーを連れて久しぶりの領都に向かった。夏休みシーズンに入ってからは、王族や侯爵家の方々が代わる代わる訪れたので、ゆっくりと領都を視察する余裕がなかった。


 そんなわけで、今日は久しぶりにゆっくりと領都を回る予定である。ジャイルとクリストファーとはちょこちょこ顔を合わせていたが、いずれも短時間。さすがに高位貴族が来るとなれば、二人とも遠慮していたようである。


「二人とゆっくり過ごすのは久しぶりだな」

「そうですね。大変だったと聞いてますが?」

「そうなんだよ、クリストファー。大変だったぞ」


 馬車での移動中、俺がどれだけ苦労したのかを二人に話して聞かせた。もちろん二人の話も聞いた。どうやら二人は夏休みシーズンの間は湖に泳ぎに行ったり、山で虫を捕まえていたりして遊んでいたらしい。うらやましい。


「俺も泳ぎに行きたかったな」

「ユリウス様、貴族の方が泳ぐのはちょっとどうかと思いますよ」

「いいんだよ。泳げるのなら、そんな肩書きは捨てるぞ、ジャイル」


 ジャイルは困ったように眉をハの字に曲げている。冗談だと分かっていても、どう返せばいいのか分からないらしい。適当に流してもらって良いんだけどな。

 領都は特に変わったところは見られなかった。相変わらず冒険者たちが行き来しているし、次の競馬の開催日を書いた紙が、あちこちに張り出されていた。


「変わりはなさそうだな」

「そうですね。一時期、ワイバーンが出たとウワサされてましたが、それも収まったみたいですね」

「魔物の森も、あれから異常はないと父上からうかがってます」


 クリストファーとジャイルが代わる代わる報告した。どうやら魔物の騒動は沈静化したようである。あれは一体何だったのだろうか。たまたま魔物の動きが活発になっただけなのかな? どうも解せないな。


 気になったので冒険者ギルドにも向かった。ギルドマスターやギルド職員の皆さんが温かく迎えてくれた。


「それでは、魔物の動きが怪しいところは、特にないと言うことなのですね」

「そうなのですよ。あれから私たちも気になって、色々と冒険者たちから話を聞いているのですが、特に変わった様子はないようでしてね」


 ギルドマスターもゴブリン軍団のことと、ワイバーンがトラデル川に現れたことを気にしている様子である。それだけ何かが腑に落ちないと思っているのだろう。


「そうだ、同じようなことが他の領地でも起こっていないのかな?」

「なるほど、ここだけではないかも知れないということですね。少し調べてみます」

「よろしく頼むよ。ちょっとした出来事かも知れないけど、各地で同じようなことが起こっているかも知れないからね。そうでないことを願うよ」


 俺の考えに、ジャイルとクリストファーの顔色が悪くなった。国中で同じような現象が起こっているとなれば嫌な予感しかしない。国中で、いや、世界中で魔物の動きが活性化しているのかも知れない。それが意味するものは……。


 まあ、これ以上考えてもしょうがないな。何せ、まだ何の情報も入っていないのだ。他の地方では何事もなく「たまたまだった」などという可能性も十分にあるのだ。必要以上に心配するのは良くない。


 暗い表情になった二人を連れて、最近人気になっているカフェへと向かった。ここのフルーツたっぷりタルトが領都で大人気らしいのだ。せっかくなので、妹のロザリアにも買って帰ろうかと思っている。


「女の人が多いですね」

「おいおい、緊張しているのか、クリストファー?」

「そ、そんなことないよ。ジャイルは慣れてるみたいだけど、もしかして女の子と一緒に来たことがあるんじゃないの?」

「ば、バカヤロウ、そんなことねーし!」


 あったんだな、ジャイル。別に責めないから、その話、詳しく。

 それにしても、確かこの店は王都にできたばかりの新しいカフェだったはずだ。それがもうハイネ辺境伯領に進出している。

 我が領都はずいぶんと、王都で最先端の商品が集まるようになっているようだな。実にいいことだ。


 ロザリアへのお土産を包んでもらい、馬車に乗り込んだ。ガタガタと揺れる馬車の中でふと気がついた。

 せっかく人が流れて来るようになったんだから、道をもっと整備した方がいいんじゃね?


 現在の領都は大通りの一部が石畳になっているだけである。それ以外の道はでこぼこした土の道だ。多くの荷馬車と人が行き交っているため、しっかりと踏み固められているが、馬車で移動すると、穴に車輪を取られて左右に揺れる。


 もうちょっと平らにすれば、人も荷物ももっと楽に、早く行き来することができるようになるんじゃないかな? 道を平らにして固めるくらい、魔法を使えば簡単にできそうだ。屋敷に帰ったら試してみよう。


 そのあとは当然、ジャイルの相手はだれかと言うことになり、近所に住んでいる、十八歳の美人のお姉さんということが判明した。

 ジャイル君、八歳の俺たちにはまだ早すぎるんじゃないかな?


 屋敷に戻るとすぐに妹が出迎えてくれた。今日は手紙を書く練習と、計算の勉強をしたそうである。俺に手紙を書いてくれたそうで、明日には届くそうだ。


 いや、それって別に今日手渡ししてもいいんじゃないかな? 俺はロザリアにお礼を言うと、お土産のフルーツタルトを手渡した。ちょうどおやつの時間だったので、いつものように、とびきり日当たりの良いサロンを陣取って、お茶の時間にした。


 このサロンが自由に使えるのは、お母様がいないときだけだからな。せっかくのこの機会だ。有効に使わせてもらわなくてはいけないな。

 今度のお茶会もこの場所で開催しようと思っている。きっとみんな喜ぶぞ。今から楽しみだ。

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