第47話 改良の余地あり

 サロンで妹のロザリアと一緒にお茶を飲む。外は夏が終わり、秋が急速に近づいて来ている。早くも、温かいハーブティーがおいしい季節になってきた。このハーブティーは俺が育てている薬草園から摘んできた物であり、その辺のハーブよりもずっと品質が良かった。


「お兄様は何でもできるのですね!」


 どうやら先ほど見た、俺が魔法薬を作る姿が印象深かったようである。


「うん? そうだね。物作りに関してはちょっと自信があるかな?」


 ロザリアの期待に満ちた目にちょっと強気になってしまった。魔法薬に関しては、神様からのお墨付きがあるので自信はある。しかしそれ以外の、例えば魔道具なんかは、自分よりももっと優れた人がいるのではないかと思っている。


 俺と同じように、神様に「魔道具を発展させて下さい」と頼まれてこの世界に来ている人がいる可能性は十分にある。なぜなら、その魔法薬バージョンが俺だからだ。

 うん、調子に乗るのは良くないな。自重しよう。


「私もついていっても良いですか?」

「騎士団の宿舎にかい? たぶん大丈夫だと思うけど、あまり面白いところではないよ?」


 こんなことを言ったら騎士団のみんなに怒られるかな? でも、ほとんどハイネ辺境伯家の本館にいるロザリアにとっては、騎士団の宿舎はキレイではないし、見るべきところはないと思う。


「お兄様がいるから大丈夫ですわ」


 うーん、やけに高い俺への信頼感。俺がいても見どころが増えるわけではないぞ。だが、ついてくると言うのならしょうがないか。そろそろロザリアにも外の世界の現実を見せた方が良いかも知れないな。




 お茶の時間が終わると、さっそく騎士団の宿舎へと向かった。いつものように執務室に行くと、すでにライオネルが待っていた。飴色のテーブルの上には先ほどの木箱が置かれている。

 そこには衛生兵の姿もあった。俺たちが入って来たのを見て、軽く目を見張った。


「こ、これはユリウス様にロザリア様。こんなところまでようこそお越し下さいました」


 ロザリアも一緒に来たことに驚いている様子だ。一方のライオネルは特に気にした様子はなかった。たぶん、一緒に来ることを想定していたのだろう。


「ようこそ、ユリウス様、ロザリア様。どうぞお掛けになって下さい。この箱の中身が何なのかを教えていただけませんか?」


 優しい口調でライオネルが言った。おそらくあまり面識のないロザリアを怖がらせないようにしているのだろう。いくらライオネルがいかつい顔をしているからと言っても、無条件に恐れられるのは嫌らしい。


「もちろんだよ。ライオネル、こいつを見て欲しい」


 そう言いながら、箱の中から緑の魔法薬と、赤の魔法薬を取り出した。


「これは……初級回復薬ですな。こちらの赤い魔法薬は何でしょうか?」

「初級回復薬はロザリアの希望で飲みやすいように味を変えてみたよ。この赤いのは初級体力回復薬だ。素材の都合上、ちょっとからいから飲みにくいかも知れない」

「初級体力回復薬……」


 ライオネルと衛生兵は初級体力回復薬を手に取ると、マジマジとそれを確認していた。

 初めて見る魔法薬なのだろう。効果が気になるのだろう。期待と不安が入り交じったような複雑な顔をしていた。


「それで、だれか実験台……じゃなくて、試しに使ってくれそうな人はいないかな?」

「ふむ、初級回復薬なら、ただいま実戦訓練を行っていますので、使う機会があると思います。初級体力回復薬につきましては……どのような効果があるのですか?」

「おっと、そうだった。初級体力回復薬を飲むと、体力が回復して元気になるんだよ。だから、だれか疲れた人に試してもらいたいと思っているよ」

「それでしたら……」


 そう言ってライオネルは衛生兵の方を向いた。ライオネルが言わんとしていることに気がついた衛生兵の目が、大きく見開かれた。


「ええ! 私ですか? えっと、あの」


 断りたいが断れない。明らかにうろたえていた。


「最近、疲れた疲れたと毎日ぼやいていただろう? これを飲めば疲れが取れるようだし、試してみてはどうかね?」

「わ、分かりましたよ……」


 渋々といった体で赤色の液体が入った瓶を手に取った。ゴクッと唾を飲む音が聞こえた。

 衛生兵は恐る恐る瓶の封を外すと、匂いを嗅いだ。顔が少し歪んだが、以前の魔法薬に比べたら、ずっとマシなはずである。思わぬところで臭さ耐性が助けになったな。


「それでは、いただきます」


 グッと腕に力がこもったかと思うと、目をつぶって一気に飲み干した。顔が歪んだ。


「か、からい! でも飲めなくはないですね。あれ? 何だか体がスッキリとしてきたような……頭も雲が晴れたようにスッキリして来ました! フオオオオオ!」


 妙な雄叫びを上げ始めた衛生兵。先ほどよりも明らかに顔色が良くなっている。何だか分からないが、目がギラギラしている。


「団長! これは団長も飲むべきです! 言ってましたよね? 最近、年のせいか疲れが取れにくくなってきたって。ほら、団長も飲んで、ほら!」


 グイグイとライオネルに初級体力回復薬を押しつけ始めた衛生兵。どうやらテンションも一緒に上昇したようである。完全に一人無礼講状態になっている。


「分かった、分かったから落ち着け! まったく、ここまで人が変わるとは……それでは私も試しに飲んでみることにします」


 そう言うとライオネルは先ほどの衛生兵と同じような顔をして初級体力回復薬を飲み干した。


「……これは!」


 ライオネルが若返ったかと思うほどに、生き生きとし始めた。どうやらライオネルも日頃から疲れが蓄積していたようである。年のせいで疲れが取れないと言っていたのは、あながち間違いではなかったのかも知れない。

 元気になった二人は活発に議論を交わし始めた。


「これは素晴らしい。任務で何日も野営する必要があるときにこの魔法薬があれば、騎士団の士気を落とすことなく任務を遂行できるぞ」

「そうですね。体力の消耗で隊列から遅れだした騎士に飲ませれば、隊列を乱すことなく目的地にたどり着けますよ」


 ウンウンと二人がうなずき合っている。どうやら体力回復薬の出番はありそうだな。素材も簡単に入手できるし、作っておいて損はないだろう。


「ただ、この味を嫌う人がいるかも知れませんね」

「確かにな。以前の魔法薬と比べるまでもないが、それでももう少し飲みやすい方が良いかも知れんな」


 どうやら問題は味だけのようである。それならからみ成分だけを抽出してみようかな? 上手くいけば、からみを無くすことができるはずだ。そうだ、元気ハツラツ的な炭酸飲料にしてみてはどうかな? それならのどごしも爽やかだし、一本いっとく? って、気軽に飲めるようになるかも知れない。

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