第48話 騎士たちの悩み
俺たちは執務室をあとにすると、実戦訓練中の訓練場へとやって来た。せっかくなので、妹のロザリアと一緒に見学させてもらうことにした。
訓練場にある屋根付きの小さな見学席に座って、眼下を眺めた。
そこでは何人もの騎士たちが集団戦を行っており、土煙と、怒号が飛び交っていた。まさに戦場のような光景である。それを見たロザリアが腕にしがみついてきた。
「怖いかい? ロザリア、ハイネ辺境伯の騎士たちはこうやって戦うことがあるんだよ。魔物と戦うのはもちろんのこと、こんな風に人間同士で戦うこともあるんだ」
「どうして人間同士で戦うことになるのですか?」
「それはね、人間には欲があるからだよ。あれが欲しい、これが欲しい。あの人に言うことを聞かせたい、お金が欲しい。そんな欲が強くなりすぎると人間同士が争うことになるんだよ」
ロザリアに伝わったかどうかは分からなかったが、真剣な表情で訓練の様子を見ていた。
しばらくすると、休憩に入ったようである。バラバラと休憩場所に戻っていく。その中の何人かは医務室へと向かって行った。
これは新しい味の初級回復薬を試すチャンスだぞ。
「ロザリア、ちょっと医務室に行って来るよ」
「私も行きますわ」
俺の腕をつかんだまま、離すつもりはなさそうだったので、そのまま連れて行くことにした。大きなケガをした人はいないみたいだったし、ロザリアのトラウマになるような光景は広がっていないだろう。
医務室にたどり着く。ちょっとムッとした匂いがした。あまり心地良いものではないな。ロザリアも顔をしかめている。
室内にはすでにライオネルと衛生兵の姿があった。
「ユリウス様、いらっしゃると思ってましたよ」
「ユリウス様、いつでも準備ができてます」
やけにテンションの高い二人を見て、室内にいた騎士たちが首をかしげたり、顔を見合わせたりしている。
衛生兵が箱の中から、新しい味の初級回復薬を取り出した。
「これはユリウス様が新しく開発した、味付きの初級回復薬です! どんな味なのか、楽しみですね!」
「効果は間違いないだろうから、味の感想を聞かせるように。それによっては、今後も騎士団で採用することになる。実に楽しみだ!」
二人に何があったのか、と作り笑顔を浮かべながら初級回復薬を受け取っていく騎士たち。
ロザリアは初級回復薬を飲んだあとに、どのような変化が起こるのかが気になるようで、まばたきもせずに見つめている。
騎士たちはフタを開けると匂いを嗅いだ。
「スッとする香りですね。これだけでも疲れた精神がほぐされそうです」
「確かにそうですね。それでは味を……これは!」
一口飲んだ騎士が驚きの声をあげ、そのまま飲み干した。他の騎士たちもお互いにうなずき合っている。
「ほんのり甘くて、体の中がスッとします。体の中にこもっていた熱が鎮まるような気がしますね」
「実に飲みやすいです。これまでの味のない初級回復薬でも十分に飲みやすかったのですが、この味を知ってしまうと、もう戻れなくなりそうな気がします」
「私も同感です。これは飲みやすい。あとを引きそうだ」
医務室の中に笑い声が響いた。どうやら好評のようである。これなら今後はこの味の初級回復薬に切り替えていこうと思う。飲みやすいのなら、ちょっとしたケガでも魔法薬を使ってもらえるだろう。早め早めにケガの治療ができれば、確実に死傷者を減らすことができる。
「ユリウス様、どうやら好評のようですな。私も飲んでみたいところですが、それはケガを負ったときまでとっておくこととしましょう」
ライオネルが中々恐ろしいことを言っている。騎士団長がケガをする事態になるとすれば、相当押されているときだけだろう。そんな日はなるべくなら来ない方がいいな。
「すごいですわ、お兄様! 初級回復薬を飲むと、ケガがすぐに治るのですね。これが魔法薬なのですね!」
初めて見る初級回復薬の効果にロザリアが興奮している。先ほどライオネルと衛生兵に使ってもらった初級体力回復薬は、その効果が少し分かりにくかったからね。
「そうだよ。これが魔法薬の優れたところさ」
そう言いながらロザリアの頭をなでてあげた。ロザリアが尊敬のまなざしでこちらを見ている。ちょっと照れくさいな。
「お前たち、ついでにこっちも試してもらおう。これは初級体力回復薬という魔法薬だ。もちろんユリウス様が作ったので効果は保証されている。我々も飲んだが、この通り元気だ!」
「初級体力回復薬?」
けげんそうに赤い飲み薬を見つめる騎士たち。拒否することはできないと思ったのか、それぞれ手に取った。別に嫌なら嫌だと言ってもらっても構わないのだが……今でなくとも使い道はあるみたいだからね。
「それを飲むと疲れが一気に取れるぞ。だが、まだ試作段階のようでな、からいぞ」
「からい……」
ちょっとためらいがあったものの、グイと飲み干した。先ほどのライオネルと衛生兵と同じように顔がゆがむ。
「確かにからい」
「問題なく飲めますが、先ほどの初級体力回復薬の味に比べるとちょっと……」
「味はこれから改良するから、そこは期待しておいてよ」
一応、フォローを入れておいた。上手くいくかどうかは分からないけどね。そしてすぐに騎士たちに変化が訪れた。
「な、何だこれは! みなぎってきた!」
「フオオオオオ! 力が、力があふれて来るみたいだ!」
「んんん! 素晴らしい!」
まずい、飲んだ騎士たちが変なテンションになっている。これはちょっと与えるのはやめた方が良いかも知れない。麻薬みたいな中毒性はないと思うけど、何だか怖いぞ。
ツヤツヤになった騎士たちを見て、ロザリアが明らかにおびえている。腕にきつくしがみついてきた。
「そうだろう、そうだろう。ユリウス様、この初級体力回復薬も素晴らしい魔法薬ですぞ!」
「あ、ああ。ありがとう、ライオネル」
俺は微妙な顔をして笑うしかなかった。俺が味見したときはそうでもなかったのだが、もしかして疲れたときに飲むと、効果が強く表れるのかな? これは色々と試してから提供した方が良さそうだぞ。
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