第36話 ぬいぐるみ職人

 妹のロザリアがお触り禁止令を出したので、渋々と眺めるしかなかったヒルダ嬢とキャロリーナ嬢。俺たちそっちのけで眺め倒したあと、席に戻ると言った。


「ずるいですわ」


 妹のキャロリーナ嬢も無言だが、コクコクとうなずいている。なんでやねーん! どうしてそう言う結論になるんだ。俺が自分の妹を特別扱いするのは当然だろう。それをなぜ、ずるいと言われねばならんのか。


 あまりの理不尽にアレックスお兄様を見た。だがその顔はにこやかに笑っていた。

 何だろうこの感じ。こうなることは織り込み済みだったのかな? 分かっていて二人をハイネ辺境伯家に呼んだのかな?


 そうなると、導き出される答えはただ一つ。俺が二人のためにぬいぐるみを作る羽目になるということだ。

 俺、ぬいぐるみ職人じゃないんですけど……。ロザリアが喜ぶのがうれしくて、ぬいぐるみを次々と作ってあげたのは認めるけどさ。


「ユリウス、頼めるかい?」

「……一人につき、一つだけですよ」

「それじゃ私はクマちゃんにするわ!」

「わ、私はウサギちゃんがいいです」

「お兄様、私はカピバラちゃんがいいわ!」


 なぜそこに妹君が混じってくるんですかね? 今さらロザリアだけダメだとは言えないから良いけどさ。

 何だかんだでそのあとはお互いに打ち解けあい、一緒にカードゲームをしたり、カルタや双六をしたりして遊んだ。


 アレックスお兄様は「いつの間にこんな遊戯が……?」と驚いていた。それらの遊戯を開発したのが俺だということがバレると厄介だと思った俺は、そのことを黙っておくことにした。


 しかし、そうは問屋が卸さないとばかりにロザリアがすべてを暴露し、鼻高々になっていた。アレックスお兄様とヒルダ嬢からは「やはりお前か」みたいな目で見られた。

 これはもう、色々とダメかも分からんね。


 ヒルダ嬢とキャロリーナ嬢が帰ったあと、俺はぬいぐるみ作りに励むことになった。夕食が終わるとすぐに針仕事をする俺に、お母様が「もうぬいぐるみ職人になったら?」と、冗談なのか、本気なのか分からない口調で提案してきた。


 俺が曖昧な顔をしていると、事情を知ったお母様が「それじゃ私もカピバラちゃんを」と仕事を増やしていった。どうして自分の娘と張り合おうとするのですか、あなたは!

 遊びでぬいぐるみを作ってるんじゃないんだよー!




 せっせと針仕事をすること二日。ようやくぬいぐるみが完成した。アレックスお兄様に届けてくれるように頼むと、ミュラン侯爵令嬢たちをハイネ辺境伯家に呼び出そうかという話になった。


 俺は断固拒否したのだが、完成したら直接取りに行きたいと言われたそうである。

 アレックスお兄様、いつの間にヒルダ嬢とデートしていたんだ? そんな話、この間はしなかったよね? カインお兄様もそれに気がついたのか、半眼でお兄様を見ていた。


 午後になって、ミュラン侯爵令嬢たちが再びハイネ辺境伯家を訪れた。手には何やらお茶菓子を持っているようである。お互いに挨拶もそこそこに、すぐにサロンへと向かった。

 そこには頼まれていたぬいぐるみがイスの上に座っていた。


「本当にもう出来上がったのですわね! この手触り、素敵ですわ~」

「ウサギちゃんがフカフカです!」


 二人とも喜んでくれたようである。もちろん妹のロザリアの腕にはカピバラちゃんが抱かれている。それにしても、今日はヒルダ嬢のお嬢様成分が抜け落ちているようである。いつもその方が良いんじゃないですかね?


 ミュラン侯爵令嬢たちが持ってきてくれたお茶菓子を食べながら、最近の出来事についての話になった。


「どうやらこのハイネ辺境伯領に、いと貴き方々がいらっしゃったようですわね」

「うん。そうみたいだね。お父様とお母様が慌ただしくお迎えの準備をしていたよ」


 ヒルダ嬢とアレックスお兄様がお茶をすすりながら確認していた。そう言えば、アレックスお兄様と同じ学年にお姫様が在籍してるって言っていたな。もしかすると、二人ともお姫様と知り合いなのかも知れないな。


「お兄様、いと貴き方々ってだれ?」


 ロザリアが俺の袖をチョンチョンと引っ張って聞いてきた。


「いと貴き方々っていうのは、王様やお姫様のことだよ」

「王様とお姫様が来るの!?」

「そうだよ。でもこれは秘密だから、だれにも言っちゃいけないよ」


 両手を口に当てて、コクコクとうなずくロザリア。かわいい。キャロリーナ嬢も同じようなポーズでうなずいている。そう言えばキャロリーナ嬢っていくつなのかな? もしかして、妹と同年代なのかな?


 そんなことを思っていると、何だか玄関付近が騒がしくなってきた。まさか……。アレックスお兄様とヒルダ嬢の顔を見ると「まさか」みたいな顔をしていた。たぶん俺も同じ顔をしてることだろう。そんな二人と目が合った。

 サロンのドアがノックされ、慌ただしく使用人が入って来た。


「アレックス様、ダニエラ・クリスタル伯爵令嬢様がいらっしゃいました。御館様が迎えに来て欲しいとのことです」

「分かったよ。すぐに行く」


 それを聞くと、使用人は頭を下げて出て行った。


「アレックスお兄様……」

「クリスタル伯爵というのが、王妃様のご実家の身分でね。おそらくご自身の身分を隠すために伯爵家を名乗っているんだろう」


 そう言うと、アレックスお兄様は席を立った。その様子をヒルダ嬢がジッと見つめていた。

 これはあれだ。アレックスお兄様は近いうちに刺されるな。修羅場の予感がする。


 しばらくすると、ドアの向こうから声が聞こえて来た。しかも、二人分である。何だか嫌な予感がしてきたぞ。

 使用人が開けたドアから入って来たのは、アレックスお兄様と女の子が二人。一人はアレックスお兄様の同級生のお姫様だろう。そしてもう一人は、俺やロザリア、キャロリーナ嬢と同じくらいの年齢の女の子だった。

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