第35話 ミュラン侯爵令嬢、現る!
アレックスお兄様がハイネ辺境伯家に夏休みに戻って来てから数日。ミュラン侯爵家がそろってハイネ辺境伯領へとやって来た。もちろん目的は避暑のためだけではなく、どのような領なのかも見に来たのだろう。
ミュラン侯爵領は王都の東部に位置している。東部への流通の要所となっているため、商人たちが常に行き交い、特に何もせずとも税収が入ってくるという黄金立地だ。いいなぁ。
そのため、ミュラン侯爵家とお近づきになりたい東部の貴族は多く、ミュラン侯爵令嬢は大事な切り札と言える。それなのに、どうやらアレックスお兄様とミュラン侯爵令嬢は仲がよろしいみたいなのである。
北部の辺境伯とよしみを通じても、何の旨味もなさそうなんだけどね。
そんなわけで、ハイネ辺境伯家にそのミュラン侯爵令嬢がやって来たのだ。ブロンドに縦巻きロールを装備した「ザ・お嬢様」が玄関の向こうから現れた。使用人が後ろに一人控えている。その隣に、もう一人小さな女の子がいた。年齢は俺と同じくらいかな? ずいぶんとおどおどしている。
その様子は出会ったばかりのファビエンヌ嬢を彷彿させた。
「ヒルダ・ミュランですわ。アレックス様、お約束通り遊びに来て差し上げましたわ! こちらは妹のキャロリーナですわ」
「きゃ、キャロリーナ・ミュランです」
うーん、見たまんま! 大型動物のような姉と、それに振り回されてすっかり萎縮してしまった小動物の構図である。俺は社交用の笑顔を保っていたのだが、カインお兄様とロザリアの顔は引きつっていた。
ヒルダ嬢はこの辺りでは見ないタイプだ。二人がそんな顔になるのも分かる。だが、貴族としてそれをやってはダメだろう。
すでにそんなヒルダ嬢に慣れている様子のアレックスお兄様は、自然な笑顔を作って二人を出迎えていた。
「ようこそ、ヒルダ嬢、キャロリーナ嬢。ゆっくりしていって下さいね。こちらが次男のカイン、その隣が三男のユリウスだよ。そしてこの子が長女のロザリアだ」
アレックスお兄様に紹介された俺たちはそれぞれ挨拶を交わした。その途中でヒルダ嬢はロザリアが持っているぬいぐるみに目をとめた。
「ロザリアちゃん、ずいぶんの質の高いぬいぐるみを持っていますわね。それ、どこで購入いたしましたの?」
「このネコちゃんのぬいぐるみはユリウスお兄様が私のために作ってくれたものですわ」
取れられると思ったのか、グッとぬいぐるみをきつく抱きしめている。ロザリアの発言に、ヒルダ嬢の視線がこちらへと向いた。その目は俺を品定めするような目だった。あんまり良い気持ちはしないな。
「そうですの。アレックス様が言っていた、『少し変わった弟』ってあなたのことですわよね?」
え? アレックスお兄様、学園でそんなこと言っていたのですか? 俺の知らないところでそんなウワサが立つのは、ちょっといやな気持ちになるな。思わずお兄様の方を見ると、スッと目をそらされた。
これはあとで小一時間ほど問い詰める必要があるな。
ミュラン侯爵家のご令嬢たちとのファーストコンタクトはそのような感じで始まった。ロザリアは警戒し、カインお兄様は初めて見るタイプの女の子に困惑している。そして俺はすでに目をつけられた。
アレックスお兄様は一体どんなつもりでヒルダ嬢を呼んだのかな? 脈があるのかな? うーん、分からん。
とりあえずサロンで一緒にお茶をすることになった。その頃にはお父様とお母様も挨拶にやって来た。同格の貴族の子供を相手することにも慣れているようであり、そつなくこなしていた。さすがである。
そしてすぐに去っていった。さすがである。面倒くさそうな空気を感じ取ったのかも知れない。
サロンには子供たちだけが残された。アレックスお兄様の友達らしいし、無下にはできないな。何か話題を振った方が良いのかな? 当のアレックスお兄様は優雅にお茶を飲んでいる。
いやいや、そんな暇ないでしょうが。この微妙な空気を早くなんとかしなさい。
「ロザリアちゃん、他にもぬいぐるみを持っているのですか?」
よほどぬいぐるみが気になったのか、再びヒルダ嬢がロザリアが抱いているぬいぐるみを見た。ロザリアの顔か強張った。これは良くないな。
「ロザリア、ヒルダ嬢は別にロザリアのぬいぐるみを取ったりはしないよ。ちょっと気になっただけみたいだから、教えてあげたらどうかな?」
アレックスお兄様が優しくロザリアに言った。ヒルダ嬢は誤解されやすいタイプなのかな?
「お兄様……」
隣に座るロザリアがこちらを見上げてきた。不安そうな顔だな。さすがにそんな傍若無人な態度は取らないと思うけどな。俺が笑顔を向けると、渋々といった感じで、次々とぬいぐるみの名前を挙げていった。
「クマちゃんと、ネコちゃんと、イヌちゃんと、羊ちゃんと、ウサギちゃんと、モルモットちゃん」
「い、いっぱいいますわね。……あの、少しだけ見せてもらえませんか?」
ヒルダ嬢の声のトーンがずいぶんと低くなっている。きっとロザリアが脅えていることに気がついたのだろう。様子をうかがっているみたいだ。
返事をしないロザリア。どうしよう。
「ほら、キャロリーナも見てみたいですわよね!?」
「は、はい。私も見てみたいです」
姉に従順そうな妹が即座に賛同した。チラチラとロザリアが持っているぬいぐるみを見ているので、気になっているのかも知れない。
いや、もしかして逆なのかな? 妹のキャロリーナ嬢が気になっているから、姉のヒルダ嬢が助け船を出しているのかも知れない。
「良いじゃないか、ロザリア。ネコちゃんのお友達をみんなにも紹介してあげたらどうだい?」
「分かりましたわ。そうしますわ」
俺がそう言うと、ようやくロザリアは納得してくれたみたいである。ロザリアは使用人に部屋のぬいぐるみを持って来るように言った。俺の意見に従順な妹は、どうやら立派なブラコンに育ちつつあるようだ。
……そろそろ独り立ちさせないと、後々面倒なことになりそうだぞ。どうしよう。
使用人が持ってきたぬいぐるみが、ズラリとあいているソファーの上に並べられた。それを見たヒルダ嬢とキャロリーナ嬢がそろって歓喜の声を上げた。
どうやら両方とも気になっていたようだった。ほんと、ぬいぐるみは女の子受けがいいなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。