第37話 修羅場
サロンにはすぐに追加のイスが用意されたものの、さすがに同じテーブルに全員が座るのは無理があった。そのため、俺とロザリア、カインお兄様は別のソファー席へと移動した。
いや、この場合、避難したと言った方が良いのかも知れない。おそらくは、アレックスお兄様絡みでこのハイネ辺境伯領までやってきたのだ。責任はアレックスお兄様に取ってもらうべきだろう。俺たちは無実だ。巻き込まれたキャロリーナ嬢がかわいそうな気がするけど、そのうちこちらに来るだろう。
「ダニエラ・クリスタルですわ。こちらは私の妹のクロエです。妹共々よろしくお願いしますわ」
「クロエよ。よろしくね!」
元気ハツラツな感じでクロエ嬢が答えた。どうやらダニエラ嬢はおしとやか系、クロエ嬢はやんちゃな女の子という印象を受けた。たぶん合ってる。
それぞれが挨拶をし、二人が席に着いたところで、さっそくクロエ嬢が気がついた。
「あ、みんなかわいいぬいぐるみを持ってる! お姉様、あのぬいぐるみ、見たことないですよ」
「あら、本当ですわね。初めて見ますわね。それに、良くできていますね。どこの工房のものなのですか?」
またしてもぬいぐるみに注目が集まっている。まさに女の子ホイホイだな。今後は出かけるときにはぬいぐるみを持ち歩かないように、ロザリアに注意しておかないと。これ以上仕事を増やされたら、魔法薬を作る時間がない。
「これは工房で作られたものではなく、弟のユリウスが作ったものですよ」
そしてすぐに暴露するアレックスお兄様。まあ、最高権力者にウソやごまかしができないのは分からなくはないが、もう少し頑張っても良いのではなかろうか。せめて、俺がいないときに話すとかさ。
これだと、また俺がぬいぐるみを作ることになりかねない。
こちらにそそがれる視線に内心冷や汗をかいていると、トットットとクロエ嬢がこちらへやってきた。
「すごいのね、あなた。あのぬいぐるみ、とっても素敵よ。ねえ、もしよかったらで良いんだけど、私にも一つ作ってもらえないかしら?」
テーブルの上に身を乗り出して、上目遣いでおねだりしてきた。くっ、かわいいじゃないか。
「それは構いませんが……何のぬいぐるみがいいですか?」
さすがの俺も最高権力者に粗相をするわけにはいかない。つまり、依頼を引き受けざるを得ない。
「何でも良いの? ネコ、ネコちゃんがいいわ!」
「分かりました。それではネコのぬいぐるみを作らせていただきます」
クロエ嬢は満足そうにうなずいている。その後ろでは、ダニエラ嬢が自分も欲しそうな目でこちらを見ている。アレックスお兄様に目配せすると、察してくれたようである。
「ダニエラ嬢も一緒にどうですか? ご覧のように、ぬいぐるみをプレゼントするのが我が家のしきたりになっているのですよ」
「あら、そうですの? でしたら私もネコのぬいぐるみを……」
「分かりました。ユリウス、頼んだよ」
「はい」
いつの間に、我が家にそのようなしきたりができたのかと思っていたが、確かに俺と関わりができた女の子には、もれなく全員にぬいぐるみをプレゼントしているな。いつの間に。
そしてそのままクロエ嬢はこちらのテーブルのソファーに座った。向こうの空気を読んだのかも知れない。
このままではキャロリーナ嬢が危ない。そう思った俺は「キャロリーナ嬢も一緒にどうですか?」とこちらの席に誘った。タイミングをうかがっていたのか、すぐにこちらへとやってきたキャロリーナ嬢。その顔はどこか安堵した表情だった。
「カインお兄様、あちらのテーブルは大丈夫でしょうか?」
「あまり大丈夫ではなさそうだが、あまり関わらない方が良いと思う」
「同感です」
「お姉様のあのような笑顔、初めて見ましたわ」
クロエ嬢が小刻みに震えている。一体どんな笑顔を見たんだ。聞くのが怖い。それを聞いたキャロリーナ嬢の顔が強張っている。もしかして見たのかな? どうもダニエラ嬢とヒルダ嬢はお互いにライバルだと思っているみたいなんだよね。
そうでなければ、ヒルダ嬢がいるときに、ダニエラ嬢がわざわざ訪ねて来ることはないはずだ。このタイミングの良さは狙ったとしか思えない。いくら身分を隠しているとは言え、王族が来るときは先触れくらいはあるはずだ。
「クロエ様、ハイネ辺境伯家への訪問は前から計画されていたのですか?」
「いえ、今朝になって突然決まりましたわ。お友達に挨拶に行くって。別荘の使用人たちが大慌てしてましたわ。ユリウス様、私のことはクロエと呼んで構いませんわ」
「は、はあ。それでは私のこともユリウスと呼んで下さい」
「ええ、そうさせてもらうわ。ユリウス」
何だろうこの感じ。もしかして、俺にクロエ嬢をぶつけるのもダニエラ嬢の作戦の一部になっていたのかな? しかも俺には許して、カインお兄様には特に無しとはこれいかに。カインお兄様は泣いて良いと思う。
一方のカインお兄様はなぜかホッとしたような顔をしていた。巻き込まれずに済んだと思っているのかな? たぶんその考えは正解だと思う。これ完全に巻き込まれたパターンだ。
「ユリウス様……」
「ど、どうしたんですか、キャロリーナ嬢?」
もうすでに悪い予感しかしない。隣に座っていたロザリアが俺の左腕をガッチリとホールドしている。もうやめて。俺の体は一つだけよ。
「わ、私のことはキャロと呼んでもらえませんか? ほ、ほら、キャロリーナって、長いし呼びにくいでしょう?」
「分かりました。キャロ……様? 私のこともユリウスで構いませんよ」
「様はつけなくても良いですわ。ユリウス……?」
何だろうこの感じ。何だかむずがゆいぞ。それに左腕がキリキリと締め上げられているぞ。
アレックスお兄様たちがいるテーブルが修羅場になると思っていたら、いつの間にかこちらのテーブルも修羅場になっていた。何を言っているか分からないが、女の怖さを思い知った気がした。
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