第30話 中級回復薬

 トラデル川で見つけることができた川ヘラジカの角はこの一本だけだった。川ヘラジカの雄はこの角に魔力を込めて雷の魔法を使う。そのため、生え替わるときは必ず一本ずつ生え替わるようになっているのだ。


 無理やり角を切ったときに抜けてしまう何かは、魔力なのではないかとゲームの掲示板ではウワサされていた。その意見はあながち間違っていなかったのかも知れない。

 無事に家に帰ってきたころには、日が暮れ始めていた。


「お兄様、こんな時間までどこに行っていたのですか?」

「ちょっとトラデル川まで行っていたんだよ」

「何しにですか?」

「川ヘラジカを見に、かな?」

「川ヘラジカ?」


 首をかしげるかわいい妹に川ヘラジカがどんな生き物なのか、どんな生態をしているのかを話してあげた。一緒に見に行きたいと言っていたので、今度行くときは一緒に連れて行こうと思う。


 川ヘラジカの角はこの春の時期にしか取れない。一度ではなく、何度も探しに行くつもりだったので、一度くらいは問題ないだろう。妹と遊びつつ、夕食の時間を待った。


 夕食が終わり、お風呂をすませると、そうそうに部屋に引きこもった。ここからの時間は魔法薬作成タイムである。今回は川ヘラジカの角がある。これで中級回復薬を作ることができるはずだ。


 相変わらず俺の部屋には魔法薬作成に必要な道具は一切なかった。それはすなわち、お父様とお母様が「俺が魔法薬を作れるということ」を隠しておきたいということであった。

 魔法薬を作るということは、この国にとっては、いや、もしかするとこの世界にとっては、非常にデリケートな問題なのかも知れない。


 ハイネ辺境伯家の書庫には、残念ながら魔法薬の歴史についての本はなかった。領都の本屋を探してみたのだが、こちらは魔法薬の歴史の本どころか、魔法薬の本すらなかった。

 どうやら学園に通うまではお預けのようである。お婆様に聞くという選択肢もあったが、疑いを持たれそうで怖い。


 従順な魔法薬師であるお婆様は、俺に才能があると分かれば国に報告するだろう。その結果、どのようなことになるのかが予測できない。

 魔法薬には俺の知らない黒歴史が存在する。その内容によっては処分される恐れも十分にある。


 死ねば元通りとは言え、やっぱり死ぬのは怖いし、できることなら回避したい。そんなわけで俺は、今日も『ラボラトリー』スキルを使って魔法薬を作ることにした。


「中々立派な川ヘラジカの角だな。これなら一本で中級回復薬が四十本くらい作ることができるはずだ。さすがに一度に作るのには薬草が足らないが、それでも十本くらいは今すぐに作れるかな」


 俺は『ラボラトリー』スキルを発動した。目の前に幾何学模様で描かれた、謎の丸い空間が出現した。この魔法空間の中では、ありとあらゆる制約を無効化することができるのだ。


「そう言えば『カシオス水』っていう謎の水を入手していたな。試しにこの水を使ってみようかな。さすがに中級回復薬でいきなり使うのは怖いので、初級回復薬で試してみよう」


 カシオス水を魔法空間に入れると、いつもやっているように、水蒸気にしたのちに水へと戻した。その結果、カシオス水は高品質になった。


「おかしいな。水なら最高品質になるのにな。何か他の条件が必要なのかも知れない。まあ、いいか」


 次はそのカシオス水に、乾燥させて細かく砕いた薬草を入れて加熱する。液体が沸騰するか、しないかのところで加熱するのをやめて、液体を濾過する。

 そうしてできあがった初級回復薬は、いつもの緑色の透明な液体の中に、キラキラと輝く光が混じっていた。


「何だろうこれ。まさか毒じゃないよね?」


 そう思いつつ『鑑定』スキルを発動させた。


 初級エリクサー:高品質。傷を癒やし、魔力を回復させる。効果(小)。渋い。


 おっと、これは初めて見る魔法薬だぞ! ゲームでは体力と魔力を同時に回復させる魔法薬はなかった。そのため魔法薬師は両方の魔法薬を売ってお金をジャンジャン稼いでいたのだ。それがこの初級エリクサーは両方の効果を持っている。


 両方の効果を持つ回復薬のメリット、それは荷物を少なくすることができることである。この世界にはゲーム内のように、ほぼ無限に物を持ち運ぶことができるような便利アイテムは存在しない。


 そのため長旅をするならば、大量の荷物を持って行く必要があるのだ。生死に関わる回復薬は長旅には必須アイテムだ。そしていざという時に切り札となる魔力回復薬も必須である。その両方を兼ね備えた魔法薬なら、需要も高いだろう。渋いけど。


「カシオス水を使うのはちょっと保留だな。渋味を何とかする必要がある。でも、その方法を探す時間も、素材も余裕がない」


 手持ちで使える素材は少ない。改良するのはまた今度だな。俺は初級エリクサーを保存容器の中に大事にしまった。

 さて、次だ、次。今度こそ中級回復薬を作るぞ。


 作り方は初級回復薬とほぼ変わらない。素材の中に川ヘラジカの角を粉末にしたものを混ぜるだけである。今回入手した川ヘラジカの角は抜け落ちてそれほど時間がたっていなかったのか、高品質だった。これなら高品質以上の中級回復薬を作ることができるはずだ。


 こうして俺は『ラボラトリー』スキルを使って中級回復薬を作成した。品質は高品質。オレンジ色の透明な液体ができあがった。


「うーん、最高品質までの道のりは長いなぁ。『ラボラトリー』でダメなら、これはもう素材の品質を上げるしかないな。早く最高品質の薬草が収穫できれば良いんだけど」


 ないものは仕方がない。俺はそのまま十本の中級回復薬を作ると、魔力切れでぶっ倒れた。まさか中級魔法薬を作るのに、これほど魔力を使うとは。

 初級エリクサーの効果を確かめてみようかと思ったが、やめておいた。

 渋味が怖かったからである。だれかで実験しておかないと。

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