第29話 春の風物詩
お父様とお母様にこの遊戯を披露すると、すごい勢いで食いついてきた。どうやら競馬やダーツをやりたがる子供が増えてきているようで、ちょっとした問題になりつつあったそうだった。
それを学習という形に変えることができる、これらの遊戯は両親が望んでいたものらしい。まさに俺の提案は渡りに船だったということだ。そしてすぐに商品化された。
俺が「ご当地カルタや双六を作ってみては?」と提案したら、競馬双六が誕生した。売れ行き好調だそうである。どれだけ好きなんだよ、競馬。
こうして俺の懐には着々とお金が増えてきたが、正直に言って、買う物がない。魔法薬の素材がその辺りで購入することができれば良かったのだが、そうはいかなかった。
魔法薬の素材は専門店から購入しなければならないのだ。
領都には何人も魔法薬師がいるため、もちろん専門店が店を構えている。高位の魔法薬師のお婆様はそこで素材を好きなだけ買うことができるのだが、資格を持たない俺は一切買うことができなかった。
そうなると、自力で魔法薬の素材を探すしかない。
「ライオネル、トラデル川に素材の採取に行きたいんだけど」
騎士団の宿舎でライオネルを見つけると、すぐに相談を持ちかけた。
「目的をうかがってもよろしいですか?」
「トラデル川で良く見かける川ヘラジカの角が欲しいんだよ。この時期に角が新しい角に生え替わるから、古い角が落ちているはずなんだよね」
「それなら我々が取ってくれば良いのではありませんか?」
「それが、たぶん冒険者ギルドからも採取依頼が出てると思うんだよね」
「なるほど、我々と冒険者が取り合うと良くないということですね」
「その通り」
川ヘラジカの角は高値で売れる。冒険者たちにとっては貴重な収入源である。それを数にものを言わせた騎士団が根こそぎ奪って行くと、問題になるだろう。だからこそ、自分が出向くことで「別にそんなもの取りに来てませんよ」オーラを出す必要があるのだ。
「川ヘラジカの角を何に使うつもりなのですか?」
「川ヘラジカの角は中級回復薬の素材になるんだよ」
「それならぜひとも確保しなければなりませんな」
こうしてトラデル川へ行くことが決定した。トラデル川付近には魔物の数は少ないし、比較的安全な場所である。
数日後、俺はいつものようにジャイルとクリストファーを連れてトラデル川へとやってきた。この川は領都近郊の穀倉地帯を流れており、とても大事な川である。この川が干上がるようなことがあれば、スペンサー王国の食糧事情は急激に悪化するだろう。
「何度か来たことがあるけど、キレイな川だよね」
「この川は霊験あらたかなカシオス山脈の雪解け水が源泉ですからな。魔物も寄って来ないのです」
うーん、魔物が寄ってこないとは不思議な水だな。何か特殊な効用があったりするのかな? 気になって『鑑定』スキルで調べてみた。
カシオス水:普通
なるほど。どうやらただの水ではないようだ。何かに使えるかも知れないので、少しだけ持って帰ることにした。思わぬ収穫があったな。
「何かに使えるのですか?」
気になったのかライオネルが聞いてきた。
「分からない。もしかすると何かの素材になるかも知れない。色々とやってみないと分からないね」
そう言いながらもちょっと興奮している自分がいた。ゲーム内にはなかった素材が手に入った。この素材は無限の可能性を秘めている。そう思うと、ワクワクせざるを得なかった。
「期待しておりますぞ」
「任せとけ。さあ、川沿いを歩いて、角を探すぞ」
こうして川ヘラジカの角の捜査が始まった。途中で何人かの冒険者に遭遇した。もしかして同じ獲物を狙っているのかも知れない。
俺たちは気がつかれないように、「ただの散歩です」みたいな顔で挨拶をしておいた。
「中々見つかりませんな」
「そうだね。川ヘラジカの角は毎年抜けるわけじゃなくて、若手の角が生え替わるだけだからね」
「なるほど。だから貴重なのですね」
その後も散策を続けたが中々見つけることができなかった。川ヘラジカは何匹も見かけるんだけどね。
「ユリウス様、川ヘラジカを捕まえてから角を切ったらだめなのですか?」
「それがね、ジャイル。それをすると切り口から何かの成分が抜け落ちるみたいで、素材として使えないんだよ」
「何かの成分って、何ですか?」
「さぁ? 何だろうね」
理由は不明だが、無理やり切った角は何の役にも立たなかった。そうでなければ、今頃川ヘラジカは絶滅していたことだろう。これも生存戦略の一つなのかも知れない。
これはもう川ヘラジカの角を入手するのは無理かな? と思ったとき、先を行く騎士が何かを見つけたようである。
「ユリウス様! 何かの動物の角を見つけました!」
「おお、確保しておいてくれ。すぐにそっちに向かう」
ようやく見つかったかな? これだけ歩いたのだから、一本くらい欲しいところだ。急ぎ足で向かうと、そこには立派な川ヘラジカの角があった。
「これは間違いなく川ヘラジカの角だ。良くやったぞ」
「やった。これで帰ることができるぞ」
疲労が限界に達していたのか、ジャイルがうれしそうな声を上げた。良いのかな、そんなこと言って。お父さんのライオネルがすぐ近くにいるんだよ?
「ジャイル、この程度の散策で音を上げるとはどう言うことだ。ユリウス様を見なさい。まったく疲れた様子を見せないではないか。まだまだ鍛錬が足りない。帰ったら訓練場を十周だ!」
ライオネルの言葉に涙目になるジャイル。気持ちは分かるが自分の発言には時と場所を選んだ方がいいぞ。
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