第31話 飛竜

 妹との約束を守るため、俺たちは今、家族そろってトラデル川へとやってきている。

 だが、ひとこと言わせて欲しい。どうしてこうなった。

 本当は妹だけを連れてトラデル川に行く予定だったのだが、妹を連れて行くのは危険だとお母様が反対した。


 ハイネ辺境伯家に女の子は妹のロザリアしかいない。お母様にとっても、ハイネ辺境伯家にとっても、大事なお姫様なのである。


「ごめんね、ロザリア。そういうことだから、連れて行けないんだ」

「えー! ヤダヤダヤダー!」


 妹は暴れた。それはもう、これまでにないくらい暴れた。どうしてそんなに暴れるのかまったく分からなかったが、その暴れっぷりにお母様が止めに入った。


「分かったわ、ロザリア。それならお母様もついて行きます。それなら良いでしょう?」


 だがしかし、それに反対したのがお父様であった。こうして芋づる式にカインお兄様が加わり、結局家族全員でトラデル川へピクニックに行くことになったのだ。

 これはあれだ。川ヘラジカの角はあきらめよう。


 トラデル川は今日も涼しげで美しかった。季節は夏までもう少し猶予がありそうだが、その頃に訪れても心地良さそうだ。

 川を眺めながらノンビリと馬車が進んで行く。たまにはこんなゆっくりとした日もありかも知れないな。


 しかし、そんな心地良い時間は騎士の叫び声によって終わりを告げた。


「報告します! 前方にケガ人がいます。どうやら冒険者のようです」

「冒険者がケガをしている? この辺りに危険な動物はいないはずだが……急いで回復薬を持っていってやれ!」


 それを聞いたライオネルが指示を出した。ライオネルが言う通り、この辺りは人を襲う動物はいない。もちろん魔物もいない。

 時々、川ヘラジカにちょっかいをかけて、パリッとすることはあるかも知れないが。


 俺たちが乗った馬車はそのまま前進し、そのケガした冒険者のところまでたどり着いた。ケガは回復薬で治ったようだが、胸元にかけて大きく革製の装備が引き裂かれていた。

 クマにでも襲われた? それにしては大きい気がする。


「御館様、大変です。どうやら付近でワイバーンに襲われたようです」

「なんだと!?」

「ただいま詳しい話を聞いていますが、まず間違いないかと……」


 お父様とお母様の顔色が悪くなった。ワイバーンが何たるかを知らないカインお兄様と妹のロザリアはキョトンとしている。対して俺は……この場をどう乗り切ろうかと考えていた。


 ワイバーンくらい、今の子供の状態でも倒せる。だが、それをやって良いものか。たぶんダメだよね。Aランク冒険者が出張ってくる案件なのに、それを九歳の子供がやったらまずいよね。お母様が卒倒しかねない。


「急いで引き返すぞ。だれか冒険者ギルドに連絡を入れろ」


 ワイバーンが地上に降りていれば、今の護衛の人数でも十分に倒すことができるだろう。問題はどうやってヤツを引きずり下ろすかだ。残念なことに、護衛の魔法使いは二人しかいなかった。


「お父様、馬車を動かすのはまずいかも知れません。目立ちます」

「ユリウス……確かにそうかも知れんな」


 これだけの人数が動いていれば、いやでも目に付くだろう。それに馬車はとても目立つ。何せこの馬車はハイネ辺境伯家の存在を誇示するかのような作りをしているからね。


「御館様、どういたしましょうか?」

「冒険者が来るのを待つしかないか……だが都合良く、Aランク冒険者がいるだろうか。難しいだろうな」

「このまま夜を迎えるのは危険でしょう。食料もありません」

「うむ。危険だが、戻るしかないな」


 ようやく今の自分たちの状態が危険なことが分かったのか、ロザリアがお母様にしがみついた。カインお兄様の顔も青くなっている。ライオネルの顔は緊張感に包まれていた。

 そうしてお父様の指示により、俺たちは元来た道を引き返すことになった。


 トラデル川にワイバーンが現れたなんて話を聞いたことがないんだけどな。一体どこから、何のためにやってきたのだろうか。謎は深まるばかりだ。迷いワイバーンかな?

 まあ、天災と言われるドラゴンも予告無しに現れるし、同じ竜種のワイバーンも似たような行動をとっても不思議ではないな。


 来た道を一目散に引き返す。だが、運の悪いことに見つかってしまったようである。ギャーギャーという声が上空から聞こえてきた。


「まさか見つかったのか!? 木の下に馬車を入れろ!」


 お父様の指示ですぐ近くの木陰へと馬車が入って行く。その周りを騎士たちが囲む。ワイバーンにとって人間はおいしい食べ物と思われているのかな? 思われていないんじゃないかな。もしそうなら、頻繁に街や村に出現しているはずだし、さっきの冒険者も食べられているはずだ。目障りだったのかな?


 とりあえず今やるべきことは家族を守ること。そのためなら自分の力を使っても構わない。俺は馬車から降りた。馬車の中ではワイバーンが良く見えない。


「ユリウス、何をしている! 危険だぞ、戻れ!」


 お父様の言葉が聞こえない振りをしてドアを閉めた。ロザリアの泣く声が聞こえる。それも聞こえない振りをした。

 前方ではワイバーンがこちらへ向かって高度を下げつつあった。


「ユリウス様、危険です!」

「ライオネル、向かって右側の翼を狙うように魔法使いの二人に指示を出してくれ。反対側は俺がやる」

「ユリウス様!? 聞こえたか! ワイバーンの向かって右側の翼を狙え!」


 ワイバーンが川の水面を大きく揺らしながら飛んでくる。ゴゴゴという不気味な音もいっしょだ。ゲームの時とは迫力が違うな。

 距離が迫って来たところで魔法が放たれた。火の玉と岩石が飛んで行ったが、火の玉はよけられた。だが岩石が当たり、その翼を傷つけた。ワイバーンの体勢が崩れた。


「ウインドブレード!」


 ウインドブレードは以前に使ったウインドソードの強化版だ。鋭くて長い風の刃が相手を切り裂く。俺が放ったウインドブレードはワイバーンの翼を完全にもぎ取った。片方の翼を失ったワイバーンが地面に不時着する。

 ワアア! と騎士たちから歓声が上がった。


「最後まで油断するな! 相手は腐っても竜種だぞ! 慎重に行け!」


 俺の檄に槍を持った騎士たちが暴れるワイバーンへと向かって行った。

 やっぱり真っ二つにすれば良かったかな? でもなぁ。

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