第6話 転機
七歳になると、武術の訓練が始まった。それまでは自由時間として広い屋敷の庭を走り回っていたのだが、これからはその時間が鍛錬の時間になるのだ。そして鍛錬の時間がある程度増えれば、街を出歩くことができるようになるのだ。
これまでも両親や祖父母に連れられて街に行ったことはある。だがそれでは俺が行きたいところに行くことができなかったのだ。それがようやく好きなところへ行くことができるようになるのだ。この意味はとても大きかった。
「それではまずは素振りからです。今日は倒れるまで振りましょう」
「ライオネルは鬼か」
「父上も少しは手を抜いてくれてもいいのに」
「いきなりハードですね……」
騎士団長のライオネル指導の下、素振りが開始される。もちろんその前にジャイルはゲンコツをもらっていた。実の息子には容赦しない教育方針のようである。騎士団長の子供じゃなくて良かった。
ブンブンと木刀をひたすら振り続ける。ゲーム内での職業は魔法使いだったが、魔力が枯渇したときや、魔法が効かない相手にも対抗できるように、剣や槍もそれなりに嗜んでいた。そのため、ある程度のスキルは持っていた。
「おや、ユリウス様は中々筋が良いですね。これなら騎士団に入っても十分にやっていけますよ」
「ありがとうございます」
とは言ったものの、騎士団に入るつもりなどさらさらなかった。騎士団に入ってケガをすれば、あの回復薬を飲まされる。断じてノーである。
そんな素振りばかりの日々が続いたころ、ついに外出の許可が下りた。もちろん護衛付きであるが、自分の行きたいところに行けるのは素晴らしい。
「それでは今日は近くの森に行くぞ」
「街じゃなくて、森ですか?」
「一体何の意味が?」
てっきり街に行くと思っていた二人は思わぬ俺の発言に、目を白黒とさせていた。もちろん理由はある。
「森で薬草を探すためだよ。もしかすると、毒消草や魔力草も見つかるかも知れない」
「そんなもの見つけてどうするんですか?」
興味が出てきたのか、クリストファーが首をかしげながら聞いてきた。
「実に良い質問だね。家に持ち帰って庭に植えようと思ってるんだよ」
「庭に植える?」
「そう。庭に植えて栽培しようと思ってるんだよ」
「そんなことできるんですか?」
「たぶん、ね」
何となくごまかした。『栽培』スキルを持ってるので間違いなく育てることができると思うのだが、断言するのはやめておいた。どこでそんな知識を得たのですかと聞かれると非常に困る。
なぜならこいつら二人は親とつながっているからだ。手下と言えども油断はできない。そこからバレて神童などと崇め奉られたりしたら、シャレにならん。
用意してもらった馬車に飛び乗ると、寄り道せずに近くの森へと向かった。
そこは街から出てすぐの場所にあり、領民の姿も見かけることができた。それだけ安全な場所というわけだ。そうでもなければ、とても許可は下りなかっただろう。
「魔物がいたりしますかね?」
ワクワク、といった感じでジャイルが言った。一応、護身用としてそれぞれが木刀を持っている。
「ま、魔物がいるんですか? ちょっと怖いなぁ」
一方のクリストファーは心配なようである。こっちは用心深いようだ。ジャイルは攻撃に向き、クリストファーは守りに向いているようだな。しっかと使い分けないといけない。
「いるけど、スライムくらいしか出てこないよ。それに魔物と出会っても、護衛がすぐに片付けてくれるよ」
「そ、そうですよね!」
「つまらないな、それ」
安心するクリストファー。残念そうなジャイル。対照的な二人だが、仲は良かった。
そんな話をしているうちに、近くの森に到着した。ここからは徒歩だ。馬車の中からでは薬草を見つけられない。
馬車から降りると、新緑の香りがしてきた。空気も心なしか澄んでいるような気がする。たぶん、気のせいだけど。先に下りていた二人も興味津々とばかりにキョロキョロと左右を見ていた。
「それじゃ、行くぞ」
「おう!」
「は、はいっ!」
二人が俺の前に立った。うんうん、どうやら自分の立場をしっかりと理解しているようだ。足下に気をつけたまえ。貴重な素材があるかも知れないからね。
森の中を歩くこと小一時間ほど。ずいぶんと森の中に入ったところでようやく薬草を見つけることができた。
「やはり奥まで行かないと手に入らなかったか」
「これが薬草ですか。初めて見ました」
「俺にはただの草にしか見えませんね」
ジャイルは興味がなさそうだな。それは別に構わないけど、見分けがつくくらいにはなって欲しいものだ。
「麻袋を持ってきてくれ。俺が掘り起こすので手を出さないように」
「ええ!? ボクがやりますよ」
「いや、クリストファーにはまだ無理だ。気持ちだけ受け取っておこう」
ションボリとなるクリストファーだが、彼がやれば間違いなく失敗するだろう。それだけ薬草の移植はデリケートなのだ。俺は『移植』スキルを持っているから確実に成功するが、他の人ではそうなならないだろう。
こうして俺はいくつかの薬草の苗をゲットできた。そして――。
「これは毒消草だ! ようやく見つけたぞ。これはぜひとも持って帰らねば」
かなり森の奥まで踏み込んだのだが、薬草しか見つけられなかった。この森には生えていないのかと諦めかけたそのとき、独特の黄色い葉が目にとまった。
そのときガサリと近くの茂みが動いた。
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