第4話 体験

 手元に戻って来た魔法薬を、衛生兵が見つめている。

 何だかオラ、悪い予感がしてきたぞ。


「ユリウス様、せっかくですので一つ開封してみましょうか?」

「いや、そんなサービスはいらないから」

「ですが、匂いだけでも体験しておくと、いざ使うときに踏ん切りがつくそうですよ」

「使うことねぇから!」


 ここはライオネルから一言いってもらおう。そうすればこの衛生兵も正気に戻るはずだ。頼んだぞ、ライオネル。ジッ。

 俺の視線に気がついたライオネル。一つうなずいた。さすがは騎士団長。空気が読める。


「そうですね。せっかくここまで来て、魔法薬に興味まで持ってくれたのです。いい体験になることでしょう」

「ならないから! あいつを止めろよ、ライオネル!」

「まぁまぁ、そうおっしゃらずに」


 笑うライオネル。これはあれだ。完全に嫌がらせだ。許可をもらった衛生兵はその場で初級回復薬のフタを開けた。初級回復薬にしてくれたのは衛生兵の温情なのかも知れない。

 中から怪しい煙が漏れ出した。初めて見る光景だ。


 ……クッサ! ゲロ以下の匂いがする! 気分が悪くなってきた。

 俺の顔色が悪くなったのを見た衛生兵がフタを閉じた。ライオネルと衛生兵は平然とした顔をしている。

 これが騎士団での日常……その香りに鍛えられし騎士があそこまで嫌がるとは、上級回復薬は一体どのくらいの香力を持っているんだ。


「ライオネル、正直に答えてくれ。お婆様の魔法薬師としての腕は悪いのか?」

「とんでもありません! この大陸で五本の指に入るほどの実力者ですよ」


 あれで五本の指に入るの!? しかも、この大陸で!? ウソでしょ。

 驚く俺を見たライオネルが目をつぶり、首を振りながら言葉を続けた。


「他の魔法薬師が作った回復薬はもっと酷いですよ。上級回復薬に関しては、飲んだ後、良くて半数が生き残れるかどうか。その点、前辺境伯夫人のマーガレット様が作った上級回復薬なら、死ぬほどの苦しみを味わいますが、死ぬことはありません」

「それって、ただの毒だよね!?」

「他国からは前辺境伯夫人が作った上級回復薬を求めて、注文が殺到してるそうです」

「下手すりゃ外交問題に発展するんじゃないの? だって毒を送りつけてるんだよ!?」

「たとえだれが作ったのか分からない上級回復薬だとしても、一か八かを賭けて服用する人が後を絶たないそうです。前辺境伯夫人が作っただけでもありがたや」

「おい、だれか止めろ!」


 まさかここまで酷いことになっているとは思わなかった。人々のケガや病気を治す手段が他にあれば良かったのだが、どうやら中途半端に魔法薬が発達したお陰で医療がそれほど発達していないようだった。


 そして悪いことに、攻撃魔法はあるのに、回復魔法が存在しない。

 これがこの世界の現実。予想以上に酷いぞ。神様が憂うのも仕方がない。




 現実を目の当たりにした俺は自室に引きこもった。どうすればいい? なるべく早く多くの人を地獄の苦しみから解放しなければならない。だが俺はただの三歳児だ。できることなどほとんどない。


 お婆様に助言するか? そしてそれをお婆様が聞いてくれるだろうか? 「神様から頼まれた」と言っても、変な子供扱いされるだけかも知れない。それにそんなことばかり言っていたら、そのうち教会送りにされてしまうだろう。


 何とか魔法薬の作り方を変えさせなければならない。しかしなぜ、もっとまともな魔法薬の作り方が出回っていないのだろうか?

 魔法薬の歴史はそれなりにあるはずだ。それなのに、こんなクオリティーの低い魔法薬が平気な顔して出回っているのはなぜだろうか?

 ここは無邪気な子供を装って、お婆様に聞いてみよう。


「お婆様、お婆様はどこで魔法薬の作り方を学んだのですか?」

「おやおや、よっぽど魔法薬のことが気になるみたいだねぇ。基本は学校で学んで、その後はお師匠様から学んだんだよ」

「お師匠様から? 他にも一緒に教えてもらった人はいるんですか?」

「いないねぇ。私が優秀だったから、特別に教えてくれたのよ」


 ホホホと笑う。どうやら高度な魔法薬は一子相伝のように伝えられていくようである。おそらくそうすることで希少価値を高めているのだろう。そしてそれを中途半端にまねた、まるで毒薬のようなものが出回っているようだ。


「新しい魔法薬を作ったりしないのですか?」

「新しい魔法薬を作っていいのは高位の魔法薬師だけなんだよ」

「それではお婆様は新しい魔法薬を作れるのですね!」

「それはそうだけど……私はそんなものを作るつもりはないよ」

「どうしてですか?」


 首をちょこんとひねって尋ねる。この仕草に屋敷にいるだれもが弱いことを、俺は良く知っている。

 お婆様の顔が崩れた。そのまま俺を抱きかかえて膝の上に載せる。


「家を潰したくないからだよ……」


 何となく事情がつかめたような気がする。

 おそらく、その昔、新しい魔法薬を競って開発していた時期があるのだろう。そのときに、国を揺るがすほどの大事件が起きた。そしてそれ以降、選ばれた者しか魔法薬を開発してはならないようになったのだろう。


 それなら既存の魔法薬が改良されないこともうなずける。だれもが恐れて手を出さないのだ。たとえその魔法薬が効果が低くて、ゲロマズであっても。


 事情を察したところで、お婆様を誘導して魔法薬を改良することが困難だという結論に達した。このまま大人になるまで指をくわえて見ることしかできないのだろうか? もう三歳児なので、本当に指をくわえたりはしないが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る