第3話 調査

 あのときお婆様が作っていた魔法薬は、おそらく初級回復薬だろう。そして回復薬を使う場面があるとすれば、それはハイネ辺境伯のお抱え騎士団に間違いない。そこにいけば魔法薬が置いてあるはず。それを見れば、この世界の魔法薬のことが何か分かるかも知れない。


 真相を探るべく、俺は騎士団に潜入した。

 そういえば、つい最近、辺境の魔境に生息する魔物を討伐しに行くって言ってたな。確かその作戦はもう終わっているはずだ。その最中にケガでもしたのかな? それでお婆様が追加の魔法薬を作っていたのかも知れない。大いにありえそうだ。


「こんにちはー」

「これはユリウス坊ちゃん。なぜこのようなところに?」

「先日、魔物の討伐に向かったと聞きました。その労いに来ました」

「なんと……! この不肖ライオネル、感激いたしましたぞ!」


 騎士団長が涙ぐんでいる。しまったな。今さらそれが建前であるとは言いにくい。そのため俺は討伐に参加した騎士や、魔法使いたちのところを回ると、労いの言葉をかけていった。


「あとは負傷兵のところですね」

「……え? ユリウス坊ちゃんはあそこまで行くつもりですか?」

「もちろん。あそここそ、行かなければならないところでしょう?」

「……お言葉ですが、お連れするわけにはいきません」


 キッパリと否定をした騎士団長。きっとそこには見せたくない光景があるのだろう。だがここで引くわけにはいかない。魔法薬の効果と立ち位置を知るためにここまでやってきたのだ。


「ライオネル、お願い」


 きゅるんと上目遣いで騎士団長を見上げた。ファファファ……いたいけな童のおねだりにどこまで耐えることができるかな? 見物だなぁ。

 騎士団長が視線をそらした。俺は即座にその視線に入り込んだ。逃がさんぞ!

 そんな攻防を続けることしばし。ようやく騎士団長が折れた。フッ、たわいもない。


「分かりました。ですがそこで見たものは、決して口外してはなりませんよ」

「わ、分かったよ」


 騎士団長の顔が怖い。よほど見せたくない光景が広がっているのだろう。今さらながら怖くなってきたぞ。お茶の間に見せられない光景が広がっていたらどうしよう。

 騎士団長に連れられて、宿舎の一番奥の部屋へとやってきた。中からはうめき声が聞こえる。


 騎士団長が扉を開ける。そこにはグッタリとした者や、意識がもうろうとしたもの、完全に意識が途切れている人たちがいた。

 だが、想像していたようなスプラッターな光景はなかった。


 そのうちの一人が俺の存在を見つけた。その目が恐怖に包まれている。どうした? かわいい三歳児だぞ?


「お、お助け~! もう、もうあの薬は飲めない! いっそ、殺してくれ!」

「またか! またあれを飲まなければならないのか! 地獄だ、ここは地獄だー!」


 一人の言葉を皮切りに周囲が急に騒ぎ出した。口々に恐怖の雄叫びを上げている。

 うん、何となく察したわ。あのお婆様が作った回復薬を飲んだ犠牲者の集まりなのね。そして飲んだ結果がこれと。


 見たところ、瀕死の重傷者はいないようだ。だが心に重症を負っているようである。俺もあれは飲みたくない。

 もしかしてお婆様が作っていた回復薬は初級回復薬じゃなくて、上級回復薬だったのか? だとしたら、味を想像したくないな。


 上級回復薬には処理を少しでも誤ると、とんでもないまずさになる素材がいくつも入っていたはずである。あのお婆様の作り方を見た感じでは、まともな処理がなされているとは思えない。


 一応、回復薬としての効果は発揮されているようだが、トラウマになることだろう。いや、すでになってるな……。

 俺は無言で騎士団長と共にその部屋を出た。


「お分かりいただけましたか?」

「良く分かった。ライオネル、回復薬を見せてもらえないかな?」

「それは構いませんけど、飲むのはやめた方がよろしいかと。どうしても飲みたいのであれば、初級回復薬をおすすめします。あれならまだ飲めますので……」

「飲まないよ、あんなもん!」


 騎士団長に連れられて魔法薬保管庫へとやってきた。そこには数人の衛生兵が忙しそうに働いていた。


「ご苦労様ー」

「これはユリウス様! どうなさいました? ケガですか? それならこれを……」


 そう言ってどす黒い緑色の何かを持ってきた。オエップ。


「違う違う、ケガなんかしていない! お婆様が作った魔法薬を見せて欲しいと思ってね。見せてもらえるかな?」

「それはもちろんですけど?」


 頭に疑問符を浮かべたまま、いくつかの魔法薬を持ってきてくれた。テーブルの上に置かれた魔法薬をジッと見つめた。


 神様は俺をこの世界に転生させるにあたって、知識と技術を持ったまま転生させると言っていた。そしてその技術とは『スキル』のことであり、俺は『鑑定』スキルを持っていた。


 鑑定結果が表示される。結果は……「最低品質」「ゲロマズ」「もはや毒」の三銃士がどうだとばかりに剣を掲げていた。こんな魔法薬、絶対使いたくねぇ。

 俺は無言でそれを衛生兵に返した。


 これだけ酷い効果を同時に持たせることができたのは、むしろ尊敬に値する。どうしてこれを失敗作にしないんだ? どう見ても失敗だろう。だれもつっこまないのかな?

 一応、お情け程度に回復効果はあるみたいだけど……。

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