第2話 辺境伯
時は流れ、俺は三歳になった。これまでの期間は、歩き方を覚えたり、言葉を覚えたりと、何だかんだで忙しかった。
最初から言語を話せるようなチート能力をもらっていなかったお陰で、普通の子供と同じような成長ができたと思っている。
そのため、家族が俺のことを不審に思うことはなかった。
三年の間に、いくつか分かったことがあった。俺の名前はユリウス。父親譲りの焦げ茶色の髪と、母親譲りの黒い目をしたなかなかの美男子だ。
生まれた家はハイネ辺境伯。スペンサー王国の北を守る、軍事的な役割を持つ大きな家だった。どこかヨーロッパの国々の文明に近いような気がする。
そんなハイネ辺境伯の三男として俺は生まれた。下に妹が一人いる。
屋敷には大勢の使用人がおり、お父様に代替わりしたものの、祖父母も一緒に住んでいた。
そしてその祖母が、なんと魔法薬師なのだ。これは運が良いと言うべきか、それとも神様によって最初からそうなるように仕組まれていたと言った方が良いのか。
とにかく、魔法薬を発展させるには都合が良かった。
「お婆様、何を作っているのですか?」
「おや、ユリウス、興味があるのかい? これはね、回復薬を作っているんだよ」
お婆様が優しい笑顔を向ける。その手元では濁った緑色の液体がグツグツと煮込まれている。
俺は悲鳴を上げたいのを必死にこらえた。
えぐみ! そんなにグツグツと煮込んだら薬草からとんでもないえぐみが出るから。やめて!
だがそんなこと知ってか知らずか、お婆様はさらに煮込んでいった。長時間加熱すると、回復効果が薄れる。乾燥させて、粉々にしてからさっとお湯で抽出させるのが、効果の高い回復薬を作るための基本である。
ああもうむちゃくちゃだよ。
「お婆様、そんなに煮詰めたら良くないんじゃないですか?」
「ホホホ、面白いことを言うねぇ。回復薬はね、こうやって作るものなんだよ」
何それ、どこのだれに教えてもらったの? 教えたヤツを小一時間ほど問い詰めたい。
うーん、やはり子供の意見はそう簡単に聞き入れてもらえそうにないな。もう少し大きくなるまで待つしかないか。俺はしぶしぶ撤退するしかなかった。
あんな方法で作った回復薬が世の中に出回っているのだとしたら、魔法薬を使う人がいなくなるのではなかろうか。
おそらく俺と同じことを神様も感じたのだろう。それで俺に頼んだということだ。不吉な予言と共に……。
その日から俺は魔法薬に関する本を読み始めようと思った。お婆様が魔法薬師というだけあって、ハイネ辺境伯の立派な書庫にはたくさんの魔法薬の本があるのだ。
だがしかし、すぐに問題にぶち当たった。
「難しくて読めない……」
正確には知らない単語がたくさん出てくるのだ。さすがに子供用の絵本だけでは言語の知識が足らないようである。
さらに悪いことに、それらの本には挿絵が一切ないのだ。ベッタリとページを塗りつぶすかのように黒い文字が書かれているのだ。読む気が一気になくなった。
一目で分かる。これは「この本を読むな」と言っているのだろう。
「初心者用の魔法薬の本があればいいんだけどなぁ」
淡い期待を込めて探したが、すぐには見つけることができなかった。
そんなある日、夕食の席でお母様がほほ笑みながら聞いてきた。
「ユリウス、本を探しているみたいね」
俺が書庫で何やらやっていることを使用人に聞いたのだろう。将来有望だと思っているのかも知れない。何せ、お兄様たちが利用しているのを見たことがないからだ。お兄様たちには先生がついているし、本を読む必要はないのかも知れない。
「はい。ボクにでも分かる魔法薬の本を探してまして……」
そう言うと、お母様の顔が引きつった。お母様だけではない。お父様の顔も、お爺様の顔も引きつっている。唯一お婆様だけがニコニコとしていた。
何この反応。まるでタブーに触れてしまったかのようである。
「そうなのね。ユリウス、勉強熱心なのはいいけど、今はたくさん遊ばないとダメよ。それに魔法薬についての本を勝手に読むのはダメよ。あれは魔法薬師でないと読んではいけない決まりになっているのよ」
真剣な顔つきで諭すように言ってきた。どうやらお母様は俺が魔法薬に関心を持つことを恐れているようである。
「ユリウス、大きくなったら特別に魔法薬の作り方を教えてあげるから、それまでは我慢しなきゃいけないよ」
お婆様がニコニコ顔で言ってきた。お婆様は賛成派のようである。だがそれ以外は反対派だな。これは魔法薬が、何かしらの問題を抱えているということだろう。これは調査する必要があるな。
この世界の魔法薬は一体どうなっているのだろうか。そういえば、魔法薬を見たことがないな。どこかにまとめて置いてあるのかな?
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