辺境の魔法薬師
えながゆうき
第1話 お願い
いつものように、毎日やっているお気に入りのVRゲームを起動した。
今日は何を作ろうかな? そろそろ魔法薬の在庫が切れそうだから、大量に生産しておくか。
魔法薬は消耗品。いくら作ってもどんどん売れていく。
そんなことを考えていたのだが、一向にスタート画面が表示されない。それどころが、ゲームがフリーズしたかのように真っ白な画面が表示されている。
これは一体どうしたことか? 緊急メンテナンス情報はなかったはずなのだが。
そのとき、目の前に一人の女性が現れた。その人はギリシャ神話に出てくる女神のように、長くて白い布を体に巻きつけている。こんなキャラクター、ゲームの中にいたっけ?
「本日はお願いがあって、あなたに干渉させてもらいました」
「お願い? 干渉って……穏やかじゃないですね」
「申し訳ありません。ですが、こうするよりほか、なかったのです。どうか許して下さい」
そういうと、目の前の女性が頭を下げた。これほどの美人さんに頭を下げられるのはちょっと申し訳ないな。
こうして冷静にしていられるのは、VRの沼にどっぷりつかってしまったからだろう。ゲームによっては、現実と区別がつかないような精巧なゾンビや、クラゲのような宇宙人と戦うものもあった。現実とゲームの境界は確実になくなりつつある。
「構いませんよ。頭を上げて下さい。それで、干渉してまで私に何のご用でしょうか?」
見た感じ、相手は神様か何か何だろう。仮に、いま起動したゲームの運営サイドがこちらに干渉していたとしたら、目の前のキャラクターには、赤くてまがまがしいオーラが表示されているはずだ。なぜなら以前に遭遇したGMがそうだったからだ。
「ゲームプレイ情報を見させていただきました。どうやらあなたは生産職がお好きな様子。特に魔法薬の生産については、他のプレイヤーの追随を許さないほど。違いますか?」
「たぶん合ってる、と思います」
他のプレイヤーの追随を許さないかどうかは分からないが、常にトップであることは間違いなかった。それが何か問題があるのかな?
「そんなあなたにお願いがあります。どうか私の作った世界に来ていただき、魔法薬を発展させていただけないでしょうか?」
「はい?」
思わず素の声が出た。これはもしや、異世界転生のお誘いなのではないだろうか。VRの技術はいつの間にかそこまで発展していたのか。ある意味、素晴らしいな。
「申し訳ありません、説明が足りてませんね。あなたが引き受けてくれるのであれば、ゲームの知識と技術を持ったまま、あなたを私の世界に転生させます。ここまではよろしいですか?」
「あの、ゲームの知識と技術が役に立つのですか?」
「そうです。このゲームで作られているすべてのアイテムは、あなたがこれから行くことになる世界で再現可能です」
おっと、まだ返事をしていないのに、すでに転生することになっているぞ。どうやらすでに心が揺れ動いていることに気がついているようだ。さすが神様。
「あなたが作った世界に行ったら、この世界の私はどうなるのですか? 死んだことになるのですか?」
「いいえ、その心配はいりません。あなたの存在についての取り扱いですが、私の世界で亡くなると、今の状態に戻ることになります」
「つまりそれは、死んだら元通りになるということですか?」
「その通りです。記憶も元通り。こうして私と接触したことも覚えていません」
それなら別に引き受けてもいいかな? 俺には何のリスクもなさそうだ。むしろ、別世界でゲーム内の力を試すことができるし、人生を二回分生きることができるということだ。面白いかも知れない。
「そういう条件であるならば引き受けますよ」
神様はホッと息をはいた。どうやらよほど切羽詰まっているみたいだな。そんなに酷い状況なのかな? ちょっと心配になってきたぞ。
「ありがとうございます。あなたの活躍によって、悪の魔の手から世界が救われると信じていますよ」
「あ、ちょっと!?」
次の瞬間、目の前が真っ白になった。まぶしくて目が開けていられない。
あの神様、最後に爆弾発言をしなかったか? 世界を救えとかなんとか……。
突如、浮遊感が体を襲った。まるでだれかに持ち上げられたかのようである。それも、上下に揺れている。これはたぶん、赤子を上げ下げしている感覚……。
転生するとは言っていたが、やはりというか、まさかというか、赤子からスタートのようである。
目はよく見えないし、何を言っているかも分からない。こんなに不安なことがあるだろうか。そんな不安から解放されるべく、やることは一つ。産声を上げることである。
とりあえず、「オギャー」と泣いておいた。周囲からは明らかに先ほどよりも大きな歓声が聞こえてきた。
これで赤子の最初の役割を終えることができたかな? あとは……スクスク成長するために、ママのおっぱいを吸う。すごく恥ずかしいが、生きるためにはやるしかなかった。
こうして俺は異世界へと転生し、新しいスタートを切ったのであった。
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