第二雨

放っておくとすぐに眠りそうになる男を、どうにかこうにか宥めすかして起こしながら部屋の前に着けば、今度は『鍵が見つからない』。もう正直面倒だったので、私は男を私の部屋へと放り込んだ。



「ほらびしょびしょなんですからタオルどうぞ、拭いて拭いて」

「あ、はい」



「ご飯食べました?」

「一応酒のツマミくらいはたb」

「シチューあるので食べてくださいというか食べろ」

「あ、はい」



「布団敷きましたからここで寝てください」

「なんかもう何から何までありがとうございます........」



私が半ば押し倒すように布団へ押し込もうとすると、なにかを諦めたような顔でされるがままになった男がすぅ、と寝入り、その時にやっと我に返った私は頭を抱えた。

ここまでするつもりじゃなかったのに........!!なんで世話を焼いたというかもはや恩の押し売りだよこれ迷惑なんじゃないか????

なんて悶々と考え始めて約10分。

まぁ、明日になればなんか良い策でも出てくるよね、これまでもそうだったし。というポジティブシンキングに至り、私も眠ることにしたのだった。





­­--­­--❖­­--­­--





えっと。視覚からの情報過多で頭働かないんだけど。

とりあえず窓の外を見てみるも、今日も雨が降っている。


起きたらリビングで超絶イケメンが寝てますって? は?

現代の乙女ゲームかTL小説とやらかよと秒でツッコミを入れかけ、すんでの所で止めた私をどうか誰か褒めて欲しい。

え? ていうかこれ褒めない選択肢無くない? ねぇ? そこのあなた?

そう思いません?

........混乱して思考がぐちゃぐちゃになったが、おかげで冷めた思考ができる私が出てきてくれたのでよしとしよう。


昨日の記憶を整理しよう。

昨日は私が定時に会社を出るという稀有な金曜日だった。

なのに土砂降りの雨が降っている中ぶっ倒れているこの男を見つけた。

一度は無視したものの、助けにいって世話をして寝かせた、と。


「........いやマジでどこの乙女ゲー?」


うっかり心の声が漏れてしまったようで、男が薄く目を開けた。


「ん........」

「あぁごめんなさい起こしました?」

「........え? 人が居る? け、警察って何番だっけ?!」

「警察は110番ですけど自分は不法侵入者じゃないですからね??」


私が話しかけると相当に驚いたようで、即座に警察を呼ぼうとし始めた男にとりあえず番号を教えた上で釘を刺した。助けたのに仇で返されちゃあたまったもんじゃない........!!


「え? じゃあ、あなたは誰ですか? ていうかここ俺の家じゃなくない?!」

「いやそこから?!」


どうやら綺麗さっぱり昨日の記憶を無くしていたらしい男に、先程整理した私の記憶から男に関するところだけを伝える。


「マジですか」

「残念ながらマジですね」

「すみませんほんとご迷惑をおかけして........」

「いえいえこちらこそ勝手に自分の家に放り込んで........」


謝罪合戦になりそうでお互いになんとも言えなくなり静かになった頃、男が口を開いた。


「あの、今更ですけど俺は青木圭あおきけいと言います。26歳で、この4月からここに住んでます。」

「あぁ、同い年でしたか。私は結城葵ゆうきあおいと言います。私は、そうですねぇ、大体2年くらいここに住んでます。」

「今更ですがよろしくお願いします」

「いえ、こちらこそ」


互いに名前を知った所で、私はふと気になったことがあったので聞いてみることにした。


「そういえば青木さん、どうしてあんな所で倒れてらっしゃったんですか?」

「同い年なので、敬語は外して貰って良いですよ。 そうですね、ちょっと逆らえない人に酒をたっぷりと呑まされまして。あまり呑まない量を呑んだので普段帰れる道も帰れず、倒れたのだと思います」

「じゃあお言葉に甘えて。 大変だったんだね、青木さん。お疲れ様。えぇっと、そういえば思い切り酔っ払ったんだよね二日酔い大丈夫??」


お疲れ様、の辺りで頭を撫でてしまい、やばいミスったかなと話を逸らす。青木さんは妙な顔をして頬をかきながらも、律儀に返してくれたので気にしないことにする。


「えぇと、それは大丈夫なんだけど。俺の服が今無くて。どこにあるのかな、なんて」


そう、彼の服は濡れてしまっていたので私が洗濯機に入れ、ついでに乾燥させていたのだ。洗濯するといけない物が入っているかもしれないから少々探らせて貰ったので、謝っておこう。


「それに関しては私が洗濯してるよ。ポケットに入ってたのは.........これだね。確認してもらえる? ごめんね、勝手に触った。一応中身は全部見てないよ?」

「いや、良いよ。本当に色々とありがとう.........」


彼が細々とした荷物を確認している間に、朝ご飯でも作ろうか。


「ねぇ、苦手なものはある?」

「ないけど? あ、もしかして朝ご飯⁇」

「そうだよ。パン?ご飯?」

「ご飯でお願いします!!」

「目ぇきらきらしてるね.........ちょっと待ってて。二度寝してもいいよ?」

「ううん、テレビ見て待ってる。」

「はいはい.........」




期待してくれているようなので気合いを入れるべく、髪をポニーテールにしながらキッチンへ向かう。久々の料理だ。

ご飯とのリクエストなので、何を作ろうか。とりあえずはお味噌汁、かな。






­­--­­--❖­­--­­--





実は。

彼がハイテンションで喋っていた、先程の一瞬。

喜びを全面に出した表情の裏に。悲しみや、下心や.........申し訳なさのようなものを、垣間見た気がして。



なんでもじゃなくても、聞いたら、できるだけ、で良いから。

教えてもらえるように、なれないかな。

あの頃の、彼と、私みたいに。

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